ちゃっかりもの
吸血鬼たちは基本的にゲパルト辺境伯の居城で過ごしているそうだ。夜になると街をうろつき、気に入った人間を攫っていく。
軽く血を吸われたからといって、人間はすぐに死んでしまうわけではない。吸血鬼が必要量だけ血を吸うようにすれば、極度の貧血状態に陥る程度で済む。
問題は吸血行為が吸血鬼たちにとって快楽をもたらすという点だ。本能のまま貪るように吸血が行われた場合、人は命を失いグールに成り下がる。吸血鬼は殆どの場合、グールに食事を与えずそのまま見殺しにするが、稀に見た目を気に入りそばに置くこともある。
ベティの話によれば、この街に潜む吸血鬼の数は三十人以上。ベティが知っているだけでも、街での行方不明者は既に数百人を超えているという。そんな異常事態だというのにベティは平然としていた。
「気づいて抵抗した兵士や冒険者はいなかったんですか?」
「おったで。でも死んだ。そんなことよりあんたら、ちゃんと退治できるんよな? 自信が無い言うんやったら、うちはあんたらが騒いでるうちに、姉さんら連れて街を出るで」
「街を守る気とかねぇの?」
アルベルトの問いかけに、ベティは鼻で笑う。
「うちが守るのはこの店の姉さんらだけや。他の奴らなんかどうだってええ。今まで街におったのやって、逃げ出して追いかけられる方がリスクが高いからや」
街やその住人たちに執着のあるアルベルトからすると、その返答は納得のいかないものだったらしく、やや不機嫌そうに表情を顰めた。
ハルカとしてもその考え方は好ましくない。ただ、それも守るべきものの優先順位を決めているだけだと思えば、安易に否定することもできなかった。
ベティの話し方が軽いからといって、考え方までがそうとは限らない。街の住人たちとこの店の女性たちを天秤にかけたとき、自分の手の届く範囲を『姉さんら』だけと定めただけなのかもしれないのだから。
「なんやその顔。しゃあないやんか、吸血鬼なんていうよくわからんもんと簡単に戦えるかい。叩こうが斬ろうが蝙蝠になって逃げよる輩どないせいちゅうねん。お、あったあった、これが吸血鬼の情報や。街中で血を吸うた奴と、気に入ったのお持ち帰りした奴の外見情報や。ま、基本的に皆不健康そうな美形やから、それっぽいの端からしばいて回れば大丈夫やで。間違ごうてもご愛嬌や」
テーブルに広げられたリストを眺めるハルカたちだったが、イーストンだけは目を落とさずにベティの方を見る。
「なんやねん。そういや兄さんも不健康そうな美形やな。まさか吸血鬼とちゃうやろな? なぁんか、どっかで見たことがある気がすんねやけど」
「君、吸血鬼の弱点知らないの?」
イーストンは質問に答えずに問い返す。首を少し前に出してじろじろと疑り深くイーストンの顔を見ながら、唇を尖らせたベティが答える。
「そんなもん知るかいな。なんか昼の方が元気ないんやろなってくらいや」
「吸血鬼は昼間に体を変化させられない。首を切り落とされても死なないけれど、心臓を正確に貫かれれば死ぬ。昼間に首を落とすと死んだように見えるけど、心臓さえ無事であれば夜には再生する。それから銀製の武器で負った傷は時間帯にかかわらず再生できない」
「……心臓の辺り攻撃しても、蝙蝠になって生き返ったで?」
「それは心臓を貫かれる直前に体を変化させていたからだよ。体を変化させた後は、銀製の武器で攻撃していない限り怪我がなかったかのように再生できる。ただし、変化している間は能動的に攻撃はできないけれどね」
「えらい詳しいやんか。あんた、吸血鬼退治の専門家なんか? 気づかれる前に心臓ぶった切ればええんやな?」
「長く生きた吸血鬼程、変化し元に戻るのが早い。変化したことを気付けない程にね。そうなると、本当に不死身の化け物のように見えるけれど、吸血鬼はちゃんと殺せる」
「ほんまやな?」
「信じなくてもいいけど」
ベティは、二人のやり取りが気になって顔を上げていたハルカを見て尋ねる。
「この兄さん、信じてええんやろな?」
「疑うのなら、私のことも疑わないと駄目ではないでしょうか? ……ああ、この街でイースさんは手配書を出されているはずです。吸血鬼の支配する街で手配書を出されるのですから、どう考えても敵でしょう?」
「……あ、あああ!」
立ち上がってガサゴソとまた書類を漁ったベティは、一枚の紙を取り出してイーストンの横に並べる。割と似た似顔絵と、懸賞金が書かれた紙を見て、ベティは笑った。
「おー、金貨五十枚さんやん! それで顔隠しとったんか。でも本物の方がかっこええな。何やったんや、あんた」
「吸血鬼の腕を落として、そいつを追いかけてこの街に来ただけだよ。入った途端に兵士たちに追い回されて逃げるしかなかったけどね」
「ほーほー、よし、決めたで。やっぱりうちも一緒に戦うことにする」
「いらね」
顔も上げずに即座に返事をしたアルベルトに、ベティが詰め寄って人差し指で頬をつつく。
「そう言わんといてやぁ。さっきまでのはほら、知らんもの同士の探り合いやんか。戦力は一人でも多いほうがええやろ?」
「うるせぇな、お前のことなんか知らねぇし、実力のわからねぇ奴がいても邪魔なだけだ」
「そう言わんと! 助けたい人がおんねん。城に連れてかれたけど、まだ生きてるかもしれへん」
「さっきまで逃げるって言ってたじゃねぇか!」
「アル」
ベティを振り払ったアルベルトに、モンタナが静かに声をかける。
「なんだよ」
「ホントです」
アルベルトは苦虫を噛み潰したような顔をして、がりがりと頭をかいた。わざと大きなため息をついて、テーブルに広げられた資料に目を落とし、小さな声で吐き捨てる。
「勝手にしろよ」
それを聞いてにまーっと笑ったベティがばたばたと場所を移し、モンタナの方へ向かう。
モンタナの行動は素早かった。ベティが自分の下に来る前にさっと立ち上がり、数歩跳ねるようにしてハルカの後ろに隠れる。
「ちょいちょい、なんで逃げるんや。感謝の抱擁したろうと思ったのに」
「いらないです」
「遠慮せんと、ぐえぇ」
追いかけようとしたベティの襟首をコリンが片手で捕まえる。
明確に拒否を示しているモンタナを追いかけようとしたので、力業で止めたようだ。
「そんなことよりベティさんがどうやって戦うか教えてくださーい。アルじゃないけど、何ができるかわかんない人いるのちょっと嫌かも」
「なんやのもう、仲良しやなあんたら。そんなにうちのことが知りたいんかぁ、しゃあないなぁ……ちょっとだけやでぇ?」
体をくねらせてふざける姿に、ハルカたち一行は誰も突っ込みを入れない。しばらくそうしていたベティはやがてピタリと動きを止めて一言。
「もしかしてうち、浮いとる?」
「……いいからさっさと教えろよ」
なんだかんだと面倒見のいいアルベルトが反応してやると、ベティは態度を改めると急に真顔になって、腰に下げた刀の柄を指で弾いた。
「ま、聞くより見たほうが早いやろな」