悪いノリ
その女性がカウンターから声をかけると、周囲がざわめいて注目が集まる。一度退散したほうがいいのではないかとハルカが及び腰になったところで、モンタナが一歩前に出た。
「豆のミルク煮、ここでもらうよう言われてきたです」
「……なんやぁ、よう見たら坊ちゃんやんか! しばらく見んかったし、けったいな連れがおるから別の子かと思うたわ。すまん、ちょっと仕事抜けるー、後頼んますー」
店の奥に声をかけて立ち上がった女性は、周囲の注目に対して手を振る。
「ほらー、見せもんちゃうで。坊ちゃん悪かったなぁ。奥で茶ぁ出すから上がってやぁ」
カウンターの奥へ入っていく女性に手招きされて、ハルカたちはぞろぞろとその後についていく。狭く薄暗い階段を上がると、その女性は扉を開けてハルカたちを待っていた。
「ほら、早う入ってや」
全員が部屋の中に入るのを確認してから、一度廊下を窺い扉を閉める。彼女がドアに耳を当てて物音を確認する間、ハルカたちは静かに部屋の中で待っていた。
そっとカギを閉めたのを確認してから、ハルカが一言発するのを制すように、女性は振り返ってしゃべり出す。
「ったく、そないいかにも怪しんでくださいって格好でこんといてやぁ。この店の用心棒しとるんやから疑ってかかるに決まってるやんか」
「ええっと……、申し訳ありません」
ハルカが頭を下げて謝ると、女性は目を丸くして動きを止める。
「……えらい素直やん。なんや、エレクトラムの使者とちゃうのん?」
「冒険者です。依頼を受けてきましたが、あちらの所属というわけではありません」
「なんや、それならもうちょっと気を抜いても大丈夫やな。ほら、その辺座ってええで。うちのことはベティって呼び」
丸い小さな椅子に座ったベティは、目が大きく丸い顔立ちをしており、美人というより可愛らしく愛嬌のある雰囲気を持っていた。赤に近い茶髪は後ろで一つにまとめられていて、腰には刀のようなものが下げられている。
「ほれ、そっちのちっこくてかわいいのから順に自己紹介」
指さされたモンタナが自分の名前を言ったのを皮切りに、それぞれが名前を告げていく。
ハルカとイーストンが名乗った後、抱っこされているユーリが挨拶をすると、ベティは破顔して猫なで声になった。
「小さいのに賢いなぁ」
しかしその直後目を細めてピリピリとした空気を発したベティは、ハルカとイーストンを睨む。
「んで、あんたらはいつまで顔隠しとる気なん? その子がいくら可愛くても誤魔化されへんで」
ハルカは特に隠す気があってやっていたわけではないが、ベティからすれば怪しいことこの上ない。ハルカは慌てて片手でフードを避けて謝る。
「失礼しました。外では目立ちたくなかったものですから……」
「っはー……、なんやそれ、そりゃ隠すわ。そない美人やと一度見たら忘れられへんもんな。うちとええ勝負やわ」
「いえ、そんな、とんでもない」
「……いや、真顔で答えんといてや、悲しくなるやんか。んで、そっちの兄ちゃんも偉い美形やな。女もんの服着たらここでも働けそうやで」
女顏をからかわれたイーストンは、わずかに眉を動かしたが何も答えなかった。慣れているのか、腹が立ったのか微妙なところだが、どちらにせよベティとの相性は良くなさそうだ。
「ほんじゃあ早速本題に入ろか。何しに来たか言うてみぃ、ベティお姉さんがお手伝いしたるから」
年齢不詳のその少女は、いかにも自分が一番年上のような顔をして手を叩くとその身を乗り出した。
ハルカも特別得意なタイプの相手ではなかったので、コリン辺りが説明してくれないかなと、ちらりとアイコンタクトを送ってみたが首を振って断られる。
仕方なくハルカは、どこまで話すべきか考えてから、ゆっくりと話を始める。
「この街に異変が起こっていることはご存知ですよね?」
「迂遠な物言いしよるな。吸血鬼のことやんな?」
「はい、そうです。王国としても、エレクトラムとしても、現在の状態は好ましくないと判断していますので、それを何とかしてくるというのが今回の依頼ですね」
「なんとかて。具体的にどないするん?」
「えーっと……、ゲパルト辺境伯はご存命なんですよね?」
「そうみたいやな。なんか魔法かなんかで操られとるんとちゃうか?」
「それならばこの街に潜む主な吸血鬼を退治、あるいは追い出すべきなのかなと。街の中にいる吸血鬼にすでに当たりがついているのであればそれが知りたいです。あとは、できるだけ素早く事を済ませるための協力をしていただきたいなと」
「吸血鬼なら大体わかってる。あちこち動く手配もしてやる。でもうちはここから離れる気がないからな。戦力としては期待せんといてな」
元からそれについて何かをしてもらう気のなかったハルカは、特に抵抗もなく頷く。
「えっと……、はい」
「あー! そない言うてもあかんもんはあかん! デルマン侯爵とはそういう約束してんねんから! うちはここを守ることが第一や」
ハルカの返答に割り込むようにして喋り始めたベティは、腕を組んで首を振り難しい顔をする。多分はじめから返答を聞いていなかったのだろう。
やはり少し苦手だと思いながら、ハルカはもう一度答える。
「はい、ですから、ベティさんには情報の協力だけいただければ」
「……ん? ええの? ほんまに?」
「ええ、はい」
「【血華】のベティさんやで? ほんまにええの?」
しつこい確認に、ハルカはもしかしてホントはこの人参加したいんじゃないかと疑い始める。だとしたら水を向けてやるのが礼儀かと思い、念のため尋ねてみた。
「もしその、お手伝いいただけるのなら……」
「あー、あかんあかん。熱望されたとこ悪いが、こればっかりはほんまにあかんねや。すまんな姉ちゃん」
返す言葉がなくなったハルカは、胸のうちに湧くもやもやについて考えながらシュルシュルと細く長く息を吐く。ご機嫌なベティに対して、次は何を言ったものかと考えていると、アルベルトが額に青筋を立ててテーブルを叩いた。
破壊しなかったのを見るとちゃんと加減ができる程度に理性は残っているようだ。
「馬鹿にしてんのかてめぇ」
「こわ! 最近の若者は急にキレて怖いなぁ……。ちょっとふざけただけやんか」
「さっさと吸血鬼の情報教えろ」
「わかったって、そない睨まんといてや。えーっと、確かこの辺に……」
雑に並べられた紙束を漁り出したベティに、アルベルトはため息をついた。いつもなら宥める方に回るハルカだったが、今日ばかりはアルベルトを止めようとは思えなかった。
500話!!