事態の収拾
狼たちの後始末を他の者に任せたデクトは、間違いなく一番のケガをしたであろうハルカのもとに慌てて駆け寄った。
「すまん、俺の判断ミスだ、怪我はどうなってる?! 腕は?!」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。べたべたするくらいでなんともありませんから。ほら、この通り」
ハルカは普通より大きなウォーターボールを宙に浮かべて、ばしゃばしゃとそこに腕を突っ込んで動かしている。デクトは自分の目を疑った。強がっているだけなのではないかと思い、傍に近寄って腕をまじまじと見る。ローブに穴が開いており、腕に噛みつかれた跡は残っているというのに、まるで出血がない。
困惑した様子に気づいたハルカはウォーターボールから腕を引き抜くとローブをめくってみせた。
「ほら、この通りです。ご心配ありがとうございます。私のことは気にせず、後始末の指示を出していただけますか?」
「そ、そうですか? では……、騎士達と護衛パーティは狼たちの死体を集めてください。アンデッドになっては困るのですべて焼いていきます。他は休んでもらって構いません。申し訳ないですが、出発は昼になってからになります、コーディさん」
「ああ、万全の調子で出発できるなら私は文句ないよ」
コーディの承諾を得たデクトは、片付けを始める集団の中に入り、引き続き細かい指示を始める。それと入れ替わるようにハルカのもとにアルベルト達が駆け寄ってきた。
「いやぁ、一瞬焦ったけど、やっぱり大丈夫だったな」
わはは、と楽しそうに笑うのはアルベルトだ。狼が噛みつく瞬間、ひやりとした何かが背筋を走ったが、いつものことを思い出せばなんということはない。
ハルカはパーティの中で一番丈夫なのだ。ホーンボアの攻撃を真正面から受け止め、角をもって持ち上げられる人間だ。冷静に考えてみれば、ホーンボアと同じくらいのランクの狼に一度噛まれたからといって、致命傷を負うとは考えられなかった。
「でも気に入っていたローブ、破れちゃったわね……」
「そうなんです、もらい物なのに、申し訳ない……」
コリンの言葉に、袖口を見たハルカがずーんと落ち込んだ。
フードのついたこのローブはいい感じに草臥れて、色も良くなってきておりかなり
気に入っていたのだ。ヴィーチェに貰ったものであることもあって大事にしていたのだが、今回の場合は緊急事態だったし、仕方がなかった。
「繕うですか?」
モンタナが、袖口をごそごそ漁りながらハルカに尋ねる。しばらく漁るとその手には針と、ローブの色によく似た糸があった。本当に何でも出てくる不思議な袖口である。
ただハルカはそれが出てくる前に一瞬、セミっぽい生き物の抜け殻のようなものを取り出したのも見ていた。いったいモンタナが何を基準に袖の中に入れるものを決めているのかがわからない。
それが大量に地面からぼこぼこ出てきたのはもう3か月ほど前のことになるから、少なくともそれぐらいの期間はずっとそこに入っていたことになる。
よく原形を保っていたものだ。
「それじゃあ、後でお願いしてもいいですか? モンタナはなんでもできますね」
「です」
針をしまって大きく頷いたモンタナの後ろに、双子が駆け寄った。双子はモンタナの後ろに隠れるようにして、ハルカを睨みつける。
「え、あの、なんでしょうか。あぁ、そうか。魔法使いでしたらもしかして身体強化が得意でしたか? 私が前に出なくてもなんとかなっていたなら余計なことをしてしまいましたね、ごめんなさい」
「おまえ、何言って……」「助けてくれてありがとうございました」
テオが馬鹿を見る目で何かを言おうとしたのを遮って、レオが頭を勢い良く下げた。
「おい、こんな変な奴にっ」「テオ、守ってもらってなかったら、僕たち死んでたかもしれないよ。お礼を言うのが先じゃないの?」
レオが、なおも言い募るテオの顔を頬を抓り、引っ張り、すぐに放した。先ほどまでの静かな様子からは想像できない態度だ。どうやら双子の主導権を握っているのはレオの方であったらしい。
「あーあーあー、うん、わかったわかったわかったよ、ありがと、助かった、でもお前の魔法きもいからな!!」
「あ、こら、テオ」
レオから逃げるように距離を離し、言い捨てるようにそう言ったテオは、自分のテントに向けて走り去っていった。
残されたハルカは、きもいという言葉にショックを受けながら彼の後姿を目で追った。あれくらいの子にきもいっていわれるのは結構ショックがでかかった。娘にお父さんの服一緒に洗わないで、と言われたらこんな気分になるんじゃないだろうかと思う。
そうかぁ、おじさんってきもいのかぁ、としんみりした気持ちになってしまった。
「んでも、お前らも魔法使いだろ。ハルカほどじゃないにしても、身体強化すれば死んだりはしなかったんじゃねーの?」
「はんっ」
軽い気持ちで頭の後ろに手を組んで話しかけたアルベルトの言葉を、レオは鼻で笑って一蹴した。
「あんた馬鹿なの? 冒険者ってそんなことも知らないんだ。魔法使いと、身体強化魔法ってものすごく相性が悪いんだよ。魔素を使うから魔法ってついてるだけで、厳密には身体強化は魔法とは全然原理が違うの」
「く、この」
何も反論できないアルベルトにレオはダメ押しをする。
「はぁ、だからあんたみたいな脳みそまで筋肉詰まってそうな近接職の人間って嫌い。遠くから攻撃されたら手も足も出ないくせに、剣を振り回すだけで僕たちより強いと思ってるし。普通の魔法も使って身体強化も使えてるハルカさんが凄いだけなの、仲間のくせにわかんないの? そもそもこんな高レベルで身体強化使える人なんて僕見たことないし。あそこにいる騎士のデクトって人だって二級冒険者相当の身体強化使いだけど、あんな魔物に噛まれたら、縫わなきゃ治らないくらいの怪我は負うんだよ? 大体君たち仲間ならハルカさんが僕たちの前に飛び出した時点で」
「うっさいうっさいうっさい、ばかあほもやし!」
「うっ」とか「ぐっ」とか言いながら言葉を挟む隙を探していたが、レオの言葉が尽きる様子はまるでなく、アルベルトの表情は引きつるばかりだった。
このままでいたら絶対に勝てないと本能的に悟ったアルベルトは突然大きな声でレオのマシンガントークを遮ると、自身のテントへ逃げ帰った。アルベルトは戦略的撤退、と思っていたが、誰がどう見てもさっきの狼たちと同じく、尻尾を巻いて逃げ出したようにしか見えない。
十三歳の子供に言い負けて、幼稚な捨て台詞まではいて立ち去ったアルベルト。それを見送ったコリンとハルカは、あまりの情けない姿になんだか自分たちが恥ずかしくなっていた。