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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
おじさん、異世界で褐色巨乳美女となったのち、会社員から冒険者にジョブチェンジする
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慣れない

 あの後、今更どうしようもないことばかりをつらつらと考えて、気づいたら眠りこけていた。


 一晩眠ったらずいぶんとすっきりとしていた。

 あのダウナーな気分は、もしかしたら精神的な疲れによるものだったのかもしれない。


 眠っていたベッドは木製だった。

 削ってはめ込んで作られている部分が多く、金属はほとんど使われていない。工芸品のような見事なものだった。その上には乾いた植物に布を被せたような敷布団が乗せられている。


 時折肌にチクチクと繊維がささる様な敷布団で、初めのうちは気になったが、寝転がっているうちに落ち着いてきた。

 慣れてみれば存外快適なベッドだったように思う。

 正直なところ十年以上新しくしてなかった私の煎餅布団より、よっぽど快適だった。


 慣れていて気にもとめていなかったが、あれはもはや床に寝ているのと変わらない。今思えば、あの布団こそが、毎朝起きるのが辛かった原因だったような気もする。


 私は自分のためにお金を使うということがひどく苦手だ。

 仕事に着ていくスーツばかりは見栄えのいいものを定期的に購入していたが、私服なんてひどいものだった。


 今着ているこのジャージだって、もう限界間近だろう。

 腰のゴムがダルダルになっていて、もはや役目をはたしていない。紐をしっかり縛っておかないと簡単にずり落ちてくる。

 昨日森の中を歩いていた時に、一度パンツごとずり落ちて焦ったものである。この体になってからはウェストも随分と細くなっているので当然のことだろう。


 体を伸ばして窓に目を向けると、ガラスが曇っていて外はよく見えなかった。

 それでも差し込む朝日は強くほんのり暑い。

 窓を開けて風を取り込もうかと思ったが、どうやらはめ殺しで開けられないようなっているようだ。


 ベッドから降りると、掛布団代わりにしていたジャージの上着が床に落ちる。しゃがんで拾い上げたときに体の軋みがなく、また若さを感じた。


 そういえば宿では朝食が出ると聞いた。

 ロビーで食べるか、部屋で食べるか選ぶのだが、どちらにしても一度階下に降りる必要がある。ラルフ青年が迎えに来る前に、早く済ませてしまおう。


 あくびをしながら階段を下りていくと、既にロビーではたくさんの人が朝食を食べていた。

 宿の厨房についた小窓に声をかけて、二言三言やりとりし、食事が出てくるまで待つことにした。


 通りを歩いていた人々と比べると、ここのロビーにいる人たちは綺麗な衣服を着ている人が多いようだ。

 なぜか皆一瞬私から目をそらしたり、二度見してきたりする。


 なんなのだろうか? どうも居心地が悪い。


 もしかすると、ダークエルフという種族がよほど珍しいのかもしれない。


 じろじろ見られていたわけではないのだが、ここにいると皆さんの食事の邪魔をしてしまいそうだ。場を乱すのは本意でないので、私は朝食をもってすごすごと部屋に引っ込むことにした。


 朝食はライ麦の香りが強い黒パンと、具だくさんのスープだ。

 ふわふわの食パンを食べ慣れた私にとって、黒パンは堅くて癖が強い。

 しかしスープに浸しながらのんびり食べていると、段々慣れてきた。これはこれで美味しいかもしれない。


 普段朝食を食べない私にとっては大満足の朝食だった。

 スープの最後の一口を飲み干してほっと息を吐く。

 いただきますもごちそうさまもなかったが、食べ終わってなんとなく両手を合わせた。


 少しお腹を休めようとベッドに座った直後、部屋の扉がノックされる。

 この世界で私に用事がある人物と言えば、ラルフ青年くらいのものだ。


 思ったよりも来るのが早かった。いや、もしかしたら私が起きるのが遅かったのかもしれない。

 気になって左手首に目を落としてみたが、眠っているところでこちらへやってきたものなので、腕時計なんてつけちゃいない。

 街では、たまにどこからか鐘の音が聞こえてくる。おそらくこれが時刻を知らせてくれているようなのだが、システムを理解していないので、今のところただのBGMにすぎなかった。


 彼を迎え入れるついでに、空になった食器を片付けることにする。片手におぼん、片手でドアノブを握り、扉の外へ話しかける。


「今開けます」


 外開きのドアをゆっくりと開けると、顔を出す前に挨拶をされた。まるで会社の新人君のような張り切りように心が少し和む。


「おはようございます。準備はできて……」


 廊下へ出ると、彼の言葉が途中で止まってしまう。何か変なことでもあっただろうか。


「おはようございます。これを返したら外へ行けますが……。どうかされましたか?」

「いえ、それは私が返します。あと……、上着を羽織ったほうがいいと思います」


 私の手からさっとお盆を奪い取ったラルフ青年は、早足に階段の下へと消えていった。

 彼が立ち去ってから言葉の意図に気付いた私は、音を立てないようにドアを閉め、ベッドに引っ掛けてあった上着を羽織った。


 チャックを一番上にあげる。


 失敗した。


 この体で、ダルダルのランニングシャツ一枚だけを身に着けてうろつくのは、立派な痴女行為だ。


 みんなはダークエルフが珍しくて私を二度見していたのではない。

 あの紳士然としたおじさんも、立派な戦士っぽい人も、美人な青髪のお嬢さんも、露出の激しい格好を見て目をそらしたり、二度見したりしていたのだった。


 特にお嬢さんに関しては、二度見のあとずーっと私の方を見つめていた。変な子だなと思っていたが、私の顔を覚えて通報しようとしていたのかもしれない。


 ついポストまで新聞を取りに行く感覚で人前に出てしまったのが間違いだった。


 今後はないように気を付けよう……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 下着は男物、上は下着無しかな?
[良い点] こちらも面白いです長い話しなのでゆっくり読ませてもらってます
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