急発進
白けた顔で菓子をつまみながら様子を眺めていたデルマン侯爵だったが、場が落ち着くのを待って口を開く。
「ゲパルト辺境伯領の様子がおかしいと気がついたのは、お前たちが去った後だ。そこの黒髪が何をやったのか調べさせていたら、その諜報員と連絡が取れなくなった。やがて取引内容に柔軟さがなくなり、寄子連中がこちらに保護を求めるようになった。勢力拡大の役には立ったな」
ふん、とふてぶてしい笑みを浮かべたデルマンは続ける。
「それが吸血鬼の仕業と気がついたのは、ずいぶん経ってからだった。その特徴まで調べ上げてやったが、攻略するのには駒が足りん。他に懸念がなければ全力を投じることもできるが、あちこち面倒ごとだらけでな」
「相手方の勢力は分かりますか?」
「さてな。だがあの街にいる吸血鬼は一人や二人じゃない。奴らは夜に力を発揮するというから、乗り込むのなら昼間がいいだろうな。他にも銀製の武器に弱いだとか、心臓を正確に貫けば死ぬだとか言われているが、真偽のほどは定かでない」
その辺りはイーストンに尋ねるとして、知っておかねばならない情報が何かをハルカは考える。
今回の作戦は時間との勝負になってくる。だとすれば勝利条件が何であるかを確認しておくべきだ。
「……この件は単純に吸血鬼を退治すればいい、というものではないと思います。誰が吸血鬼で誰がそうでないかの区別もつきません。だとすれば、短い期間で私たちがやるべきことは何ですか?」
「ふむ、このまま猪のように突っ込まれてはどうしたものかと思っていたが、多少頭は回るようだな。こちらでも精鋭部隊を待機させている。街に着いたらまずそれと合流し、情報を共有しろ。報告によればゲパルトのアホは、闇魔法で操られているだけでまだ生きているらしい。元々女好きの大バカ者だが、正気に戻って自分の領地が荒らされていることに気がつけば後は自分で何とかするだろう。あいつは頭は回らんが、腕っぷしだけは立つ」
「仲いいんだな」
デルマン侯爵の罵倒交じりの信頼に、アルベルトが突っ込みを入れる。
「馬鹿を言うな、あいつとは馬が合わん。……しかしそれでも数十年来の付き合いだ」
即座に否定したデルマン侯爵だったが、続く言葉にはやけに感情がこもっていた。
「わかりました、ではすぐに出発しましょう」
「事が無事に済んだら報告はいらん。代わりに次の目的地に行く前に、この〈エレクトラム〉の上空を飛んでいけ。……言うまでもないが、連れてきたでかい竜で街まで行くんじゃないぞ。いくら人を舐め腐っている破壊者と言えど、流石に大型飛竜が来たら何かを察するぞ」
「あー……、そうですよね」
甘えた様子でいつも仲間たちの後について回るナギを思い浮かべながら、ハルカは曖昧に返事をする。
今だって留守番をしているわけだし、ご飯だって自分でとれる。魔物であってもナギを脅かすようなものは見たことがないし、心配はないと思っている。
しかし、日を跨いでもちゃんと留守番ができるのかは不安があった。
「ナギ、寂しがりだもんねー」
「おいてくのかわいそう」
コリンに続いてユーリが呟いたが、だからといって連れていくわけにもいかない。
ハルカたちの対応に若干の不安を覚えたデルマン侯爵だったが、特級冒険者の変人具合をよく知っているため余計なことは言わない。立ち上がって引き出しから巻かれた地図を一枚取り出して、ハルカたちの方へ放り投げた。
モンタナがいち早く反応して地図をキャッチする。
「……この地図を持っていけ。印のついている酒場に行ったら『豆のミルク煮』を頼め。店主が『そんなものはない』と言ったら、『一番高い酒』を頼め。『金はあるのか』と確認されたら、『財布を忘れた』と言って店を出ろ。そうすれば諜報員の方から接触される」
「えーっと、はい、大丈夫です。豆のミルク煮、一番高い酒、財布を忘れた、ですね」
「そうだ。何か聞きたいことは?」
「……いえ、特には」
仲間たちの方を見ても何もないのを確認し、ハルカが返答すると、デルマン侯爵は再びソファに腰を下ろしてお菓子の皿を前に押しやった。
「適当に包んで持っていけ。これ以上食べると夕食が腹に入らなくなる」
「いや、もう十分食っただろ」
即座に突っ込みを入れたアルベルトを止められるものはいなかったが、幸い依頼人となったデルマン侯爵は、それを睨みつけるだけで我慢をした。
「あ、ありがとうございまーす」
コリンはニコニコと笑って誤魔化しながら、ささっと残りのお菓子を布に包みこみ、ユーリの手を引いて部屋を後にする。
仲間達もその後に続き、部屋から全員がいなくなると、デルマン侯爵は大きなため息をついて呟く。
「今更冒険者相手に腹なんか立たん。ジルの厭味ったらしさに比べればかわいいもんだな」
手をテーブルに伸ばしてから、菓子を全て譲ってしまったことを思い出したデルマン侯爵はソファに体を沈めて難しい顔をした。
城の庭へ戻ってくると、じっと立ったまま様子を観察しているジルと、そわそわとしているナギの姿があった。ナギはハルカたちが戻ってきたことに気がつくと、ジルを避けて大回りしながら駆け寄ってきてすぐ近くに伏せる。
しきりに視線をジルの方へ向けて、変な人がいるとアピールしているのが、かわいそうだけど少し面白くて、ハルカたちは笑ってしまった。
「もう出発ですか? もう少しのんびりされては? それが無理なら幾度かその竜が飛び立つ様子を見せていただきたいのですが」
ナギから目を離さずに提案してくるジルに、ハルカも表情を引きつらせる。
「……早く出発するです」
小さな声でそう言ったモンタナに仲間達も頷いて、伏せているナギに次々と乗りこんでいく。貧乏くじを引かされたのはハルカだ。
「えーっと、その……、い、急いでますので」
ジルの返事を待たずに慌ててハルカが背に乗り込むと、すぐさまナギが急浮上した。
無言で空を見上げ、飛び立つ様子を確認しているジル。それを見下ろして、イーストンがぽつりとつぶやいた。
「特級冒険者ってさ、変な人が多いよね」
ハルカたちの誰もが、その言葉を否定することができなかった。
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