エレクトラムの用心棒
一週間とかからずに遠目に山脈と、それを背にする巨大な街〈エレクトラム〉も姿を現した。壁が幾重にも増設された姿は、やや不格好ながらもこの街の発展具合をよく表している。
あまり近寄って壁の上に並べられた兵器で攻撃されても困るので、今回もやはりハルカたちは少し遠くで着陸して、そこから先は歩いていくことになった。
しばらく歩いていると、街に入るための列が見えてくる。
ナギが歩いてくるのを見た人々はすぐにでも逃げ出せるように慌てて荷物をまとめだした。
しかし姿が近づくと、ナギを先導して歩いているハルカたちを視認することができた。臆病で身の軽いものは既に列を外れて逃げ出していたが、やや遅れていたものは、荷物を両腕に抱えたままその場を立ち去るのをぐっとこらえた。折角列が進んできたのに、今更並びなおしは嫌だ、といったところだろうか。
門の方から兵士がどやどやと走ってきたのも、彼らが逃げ出さなかった理由の一つだ。
優雅に歩くような紳士然とした男性を先頭に、まっすぐナギの方へ向かう兵士たちの背中を、人々はこっそりと応援していた。
一方でハルカたちの方からも、列の混乱は見えていた。
できるだけ騒がせないようにゆっくりと進んでいたが、ナギがいる以上多少の混乱は避けられない。
前後を歩く人々に広く間隔を空けられているのもわかっていた。仕方がないことなのだというのはハルカもわかっている。しかし、もうちょっとナギの可愛さが人に伝わらないものだろうかとため息をついて、大人しく歩くナギの頬を撫でてやった。
前方から鎧を着た兵士と、見覚えのある男性が駆け寄ってくる。
モノクルを付けたその初老の男性が、手のひらを兵士たちに向けて腕を横に上げると、その一団がぴたりと足を止める。
「大きな竜が空から降りてきたと駆り出されてきましたが、あなた方でしたか。まさかその竜で街を蹂躙しようという気ですかな?」
その老紳士、【三連魔導】ジル=スプリングは冗談めかしてそう言ったが、後ろに控えている兵士たちにしてみればたまったものではない。体を緊張させると、武器に手をかけ待機する。
ジルは黒いステッキをくるんと回して地面をつくと、その頭を指でトントンと叩きながらハルカの応答を聞く。やや不自然な動きと、忙しなく動くモンタナの視線から、何かをしているらしいことだけが分かり、ハルカもやや畏まって口上を述べた。
「お久しぶりです、ジルさん。この子はナギ。大人しく人に馴れた子です。暴れたりはしませんよ。……本日はエリザヴェータ陛下から、デルマン侯爵閣下への手紙を預かって参りました。取り次いでいただけると助かるのですが……」
「ふむ。一人デルマン侯爵へ連絡に行きなさい。伝えることは女王様からの手紙を携えた使者が来たこと。確認することは竜を直接城の庭におろして良いか、です。ハルカさんたちは列から外れた場所で待機していただけますかな? 街に入ろうという皆様が怖がってますので」
一人の兵士が街の中へ駆け込んでいくのを見送ると、ジルは杖を持つ手を振って、ハルカたちに移動場所を指し示し、モンタナに向けて口を開く。
「相変わらず目が良いようですね」
モンタナは何も答えなかったが、油断せずにジルの方を見返す。
「若者は少し目を離すと強くなっていて嫌ですな。私としてもあれこれ努力しているつもりなのですが、あっという間に距離を縮めてくる。ただ同時にこちらのやる気も刺激されて実によろしい」
「次に同じことしたら、こっちも攻撃準備するです」
「……ま、自信を持つのは良いことですな」
目を細めたモンタナに、やれやれと言わんばかりにジルは首を振った。
移動先で兵士たちを街へ帰らせたジルは、報告が戻ってくるまでハルカたちの下で待機することにしたらしい。
「寛いでくださって結構。今兵士にテーブルと椅子を取りに行かせましたから、のんびりティータイムといきましょうか」
少し待つと兵士が数人、確かにテーブルセットをもって戻ってくる。人数分の椅子とテーブルが用意されて、まず初めにジルが椅子に腰を下ろした。
「世間話でもしましょうか。少し前にダークエルフの女性が特級冒険者になったと聞きました。なんでもアンデッドの大群を討伐したとか? ご活躍ですな」
「ご存知でしたか。確かに、そんなこともありました」
テーブルと一緒に持ってこられたティーセットで紅茶を啜りながら、ジルはゆっくり静かに話す。紳士らしい格好をして、穏やかに話していても、彼の感性が一般人から外れているのはあれやこれやの行動から伝わってくる。
例えば知っているハルカたちが相手だというのに、油断せずに戦う準備を進めていたこと。それに自分の部下でもない兵士を顎で使って平気な顔をしていること。しかも仕事があるだろう彼らに、平気でテーブルセットまで運ばせること。
攻撃準備をしていたことがばれてもなお、ジルの態度は変わることなく、当たり前のように世間話を始めている。
どこまで信じていいのか、どこまで話していいのか、ハルカたちにしてみれば気が抜けない。
自分の分だけの紅茶を用意して悠々とそれを啜るジル=スプリングは、確かに特級冒険者らしくちゃんと変人であった。