まずは南へ
「コリンはどうなんだ? 冒険者をしていると定住しないから相手を探すのは難しいんじゃないか? 自然と仲間内でということになりそうだが」
気配を綺麗に消していたおかげか、自分に話が回ってこなかったことにハルカはほっとする。とはいえこのままずっと居ればそのうち順番が回ってきてしまうだろうし、逃げようと下手に動けばやっぱり捕まってしまう気もする。
つまり八方塞がりというやつだった。
「私はねー、アルと結婚すると思うよ」
「……あ、え!?」
前に聞いた時は相手がいなければ、みたいな話をしていて、お互いに適当に誤魔化しているような感じだった。それなのに今コリンの口から出てきたのは、ほぼ確定のような言い方だった。
「え、ハルカは知ってるじゃん、なんで驚いてるの?」
「いえ……、随分はっきりと言うので……」
「まー、夜とかいろいろ話すし。結局冒険者しながらだとそうなるでしょ。それにさー、私が初めて好きになった人、アルのお父さんなんだよね」
「え」
「年々似てくるし、もうアルでいいやーって。向こうもいいんじゃねって言ってるし」
「え、えー……」
知らない間に仲が進展していたらしいことに驚いて、すっかりそれを表情に出してしまっていることにも気がつかないハルカは、いちいちリアクションを取ってしまう。
「ではハルカはどうなんだ」
エリザヴェータからの問いかけに、ハルカは口を閉じたがもう遅かった。適当な返しをしてもしつこく追及されてしまうような気がして、真面目に考えてから、それを絞り出すようにして答える。
「私はー……ですね、特にそういう感情が無いです」
「どういうことだ?」
「えーっと……。今の仲間たちと一緒に過ごすことが、とても楽しいんです」
「それと特定の相手の一番になりたいという気持ちは別では?」
「あー……、別に一番でなくてもいいんですよね。対等な立場で、相手のために何かできるというのが嬉しい、というか」
「ふむ……。ハルカ、歳は幾つだ?」
「はい、えーっと十八……いえ、十九になりますか?」
腕を組んで考え込むエリザヴェータに、やや気後れしながら答えると、コリンが横合いから口を挟む。
「えーっと、ハルカってほら、私たちと会うちょっと前に、記憶を無くしてるんです」
「道理で。そうか、なるほどな」
コリンのフォローと、エリザヴェータの納得が、ハルカには理解できない。恋心を抱かないというのがそれほどおかしなことだとは思わないのだが、二人の意見は一致しているようである。
妙に優しい視線を向けられて、コリンには背中を、エリザヴェータには肩を優しく叩かれた。
コリンに関してはハルカの本当の事情を知っていてなおこの扱いだ。
やはり体が女性になったところで、女心は分からないのだなぁと、ハルカはぼんやりとアルベルト達の訓練風景を見つめた。どうも腑に落ちないが、これで追及が止むのならそれでいいかという諦めの気持ちだった。
翌朝準備を終えると、出立前にエリザヴェータから再度注意をされる。
「西方のフリーゲルト伯爵、南方のゲパルト辺境伯には注意するように。各地の寄子貴族たちの状態は、私より寄親である貴族の方が詳しいはずだ。まずはそちらに行って手紙を渡し、問題の解決に手を貸す形が良いだろう」
「力を尽くします。デルマン侯爵、それからデザイア辺境伯、ヴェルネリ辺境伯の順に向かいます。各地で何かがあれば、一月くらいはかかるでしょうか」
「それで済むのなら上々だ。お前たちが思うように、私のために動いてくれればいい。私はそれを咎めないと約束しよう。一月後には……、公爵領に迫っておるやもしれんな。間に合えばそこにも合流してくれ」
「では用事が終わり次第、リーサの下に。では行ってきます」
「……頼んだ」
首を捻ってハルカ達の方を見ていたナギは、ハルカが行く先を示したのを確認すると空に舞い上がる。少し高い位置から見下ろすと、離れた場所で女王を見守るたくさんの護衛の姿が見えた。
エリザヴェータはプライベートを見せる相手がいないことを嘆いていたが、女王としては随分慕われている。街に降りても悪い噂は聞かないし、リルだってエリザヴェータを敬愛していた。
逆に考えればそれはきっと、エリザヴェータが多くの時間を王として過ごしているからだ。
胸襟を開いて人に言えない恋の話までしてきたエリザヴェータが、ハルカは嫌いじゃなかった。彼女が自分を妹弟子と呼ぶように、ハルカもそれに近い想いを抱いている。
賢い相手だから上手く使われているだけかもしれないと思わないでもなかったが、エリザヴェータが自分を利用して悪さを企んでいるようには思えなかった。その判断は本人の人柄だけではなく、彼女を育てたノクトを信用しているからという側面もある。
彼女の恋は応援してあげられないが、その生き様に手を貸すことくらいならできる。彼女が治める王国はきっと、今よりも多くの種族が互いに手を取り合い、冒険者も暮らしやすい国になっていくだろうと思う。
それに手を貸せるというのが、ハルカにとっては楽しみなことでもあった。
アルベルトが腕を組んでまっすぐ行く先を見つめながら笑う。
「なぁ、何かよぉ! すげぇ冒険者っぽくないか、いま!?」
「そう? 冒険者ってもっと地道なものじゃない?」
野暮な突っ込みを入れるイーストンに、アルベルトは首を振った。
「あー、イースは分かってねぇなぁ! 俺はさ、百年後に本になるようなかっこいい冒険をするんだ。それっぽくないか?」
「……ふぅん。じゃあ僕多分百年後も元気だから、その時になってなかったら僕が本にしてあげるね」
「おい、お前わかってて言ってるだろ」
「うん。あんまり勇み足になると心配だからね」
「……大丈夫だって。ったく、調子狂うぜ」
「どうかな?」
頭をがりがりと掻いてややクールダウンしたアルベルトに一行は笑う。
肩を竦めるイーストンを見て、ちょっと気合が入りすぎていたハルカも深く呼吸をした。
これから一月、緊張の続く日々になる。こんな時くらいはのんびりリラックスして過ごそうと、ハルカは仲間たちと一緒に笑うのだった。





