難しいパワーバランス
エリザヴェータはただその場でハルカと会話を続ける。何を手伝うでもなく、小さな頃にノクトと遊びに出かけた話をしたり、先王がどんな人だったかを話す。
そして話が区切られるたびに、最近は自由に出かけられない、遊びに行く暇もないと愚痴をこぼした。
そこから読み取れることは、彼女の人生において、それ以外のことが、ほとんど政治的な意味を含んでいて、雑談には適さない話題だということだった。
「ハルカは、どんな幼少期を過ごしたんだ?」
エリザヴェータからの質問に、ハルカはすぐに答えられない。昔のことを思い出してみても、人に話して面白いような話題は何一つなかった。
「……私は、普通でしたよ。隠すわけではないですが、本当に、話して面白いようなことはありません。ここ数年が劇的すぎますね」
「嘘をついているようでもないが、おかしな話だな。ハルカほど強いダークエルフが北方大陸で冒険者をしているのだから、普通の人生を送ってきたとは到底思えんのだが。まぁ、それ以上は聞くまい」
静かになって次に何を言おうかと考えていると、夕食の準備ができた。
全員で集まって食事をしながら、そこではリストとその詳細についてがエリザヴェータの口から語られる。
女王側の貴族と一口に言っても、そこからさらに細かい派閥に分かれているらしく、特に知りたくもない貴族関係に詳しくなってしまった。
例えばヴェルネリ辺境伯やデルマン侯爵は割と大きな派閥を持っているだとか、イングラム子爵はデルマン侯爵派閥の中でもその娘を嫁にもらうくらいには目をかけられているだとか。
心の底からどうでも良さそうなアルベルトに対して、コリンは割とまじめに話を聞いていた。今後の仕事に役に立ちそうだと判断したからだろう。
食事が終わるとすぐ訓練に出てしまった男連中を見送って、エリザヴェータは笑う。
「冒険者らしい」
「冒険者ってあんなイメージですか?」
ハルカが尋ねると、エリザヴェータは頷く。
「ああ、昔じいが紹介してくれた冒険者がまさにあんな感じだった。じいの数少ない友人らしくてな。ぶっきらぼうで、王女だと紹介されても、ふーんで済ませるような男だ。不思議と悪い気はしなかったが、公の場でそれをやられるのは立場上困るかもしれんな」
ノクトの友人と聞いて、ハルカとコリンは同じ人物を頭に思い浮かべて「あぁ」と声を出した。いかにもそれらしい反応だと思ったし、確かにアルベルトはああいう冒険者になりそうな予感がする。
「その反応だと知っていそうだな」
「多分、今アルが使っている大剣をくれた人でしょうね」
「どこかで見た覚えがあると思った。よほど有望な若者なのだろうな。ところでお前たち、恋人は?」
唐突な質問に、ハルカは白湯を飲む手をぴたりと止め、コリンも調理器具を片付ける手を止めて、エリザヴェータの隣に座る。
「なんだ、女同士というのはこういう話をするものだと聞いたのだが、違うのか?」
「そうですそうです、そういうものですよー」
楽しげに話に乗ったコリンに対して、ハルカは気配を消すように黙り込む。
「ふむ。私はな、実はいまだに相手が決まっておらんのだ。公爵のやつをなんとかせんと、争いの種になりそうだったしな」
「好きな人とかいるんですか?」
「コリン?」
ハルカが嗜めるように名前を呼んだが、コリンは止まりそうにない。身を乗り出してエリザヴェータの答えを待っている。
「うむ、私はな、小さな頃からノクトじいを婿にもらってやると言っていたのだが、何度も振られている」
「え?」
「へええええ!」
ハルカが気の抜けた声を上げたのに対して、コリンは大盛り上がりだ。良い反応をもらえたためか、エリザヴェータも機嫌良く続ける。
「じいは私のことを赤ん坊の頃から知っているらしい。物心ついた時からそばにいて、面白いことを教えてくれるのはいつもじいだった。そんな年寄りとは知らなかったから、小さな頃は幾度も、私の婿にしてあげると言っていたのだ。まあ毎回はいはいと言って流されていたがな」
「年の差の恋、いいですね!」
「私はだんだんと大きくなるが、じいはいつまで経っても大きくならない。やがて十を過ぎてしばらくした頃、ついにはその身長も抜いてしまった。それでも変わらず若々しく、賢く、そして頼りになったからな、私の気持ちは変わらなかった。ところで最近じいの周りに女の影とかはあるまいな?」
「ないですないです」
ああ、だから師匠はここにあまり近寄らないようにしているのだろうと、ハルカは納得してしまった。我が子同然に思って可愛がって育ててきた王女様が、自分に懸想している。小さな頃は笑ってやり過ごせたものの、この様子だと、今もまだその気持ちは変わっていなさそうに見えた。
コリンは無責任に囃し立てているが、ハルカは少しノクトの気持ちがわかるような気がして、安易に面白がる気にはなれなかった。
「私は他種族との関係を、今よりも密にしていこうと思っている。それを示すためにも、獣人の婿をもらうというのは間違った考えではないと思うのだ。おあつらえむきにじいは獣人の国の王族の血が流れているとも聞く。ある程度城内の勢力が安定したから、本格的にプロポーズをしたところ、五年も姿を眩ましたのだ。手紙のやり取りで報告だけは届くものの、小さな頃から恋をしていた私に対して、あまりに薄情だとは思わないか?」
「……し、師匠も、その、まだ色々と大変な時期に、そういう難しい話が出ると、色々と混乱すると思ってのことではないでしょうか?」
「む、じいの肩を持つのか。まさかハルカもじいのことが好きなのか?」
「あ、それはないです。……いえ、師匠としては尊敬していますが」
「この話は城にいる誰にもできんからな。ああ、初めてこんなこと人に話したぞ。とてもスッキリした」
コリンがやんやと喜び、エリザヴェータが清々しい表情を浮かべる中、ハルカだけが引き攣った笑みを浮かべる。
こんな話を聞くことになるのなら、アルベルトたちの訓練にさっさと合流しておけばよかったと、今は後悔していた。





