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最期の瞬間

 優秀な戦士は眼前に危険が迫った時も目を閉じない。目を閉じてしまうと助かるかもしれない僅かな可能性を自ら無くしてしまうことになるからだ。

 ハルカは戦士として生まれ育ったわけではないから、自分よりも大きい狼が襲いかかってきたら当然恐ろしかったし、目を閉じてしまうのも仕方がなかった。


 巨大な狼の魔物は目の前の憐れな獲物の腕を食いちぎることを疑っていなかったし、それはハルカの大きな声に振り返ったデクトやフラッドも同じだった。

 魔法使いの双子だって目の前に飛び出した変わったダークエルフが引き裂かれた後、自分たちが襲われるだろうと確信していた。


 双子は先ほど放った魔法を見て、ハルカが優秀な魔法使いであると思っていたが、だからこそ、前衛職でないとわかったからこそ、ここまで接近してきた恐ろしい魔物の鋭い牙や爪に太刀打ちできるとはかけらも思わなかった。


 何を思って自分たちを庇ってくれたのかわからなかったが、この隙を無駄にしてはいけないと、腰を抜かしたまま、慌てて詠唱を開始した。間に合わないかもしれないが、自分達のために稼いでもらった時間を無駄にするわけにはいかなかった。

 この一際大きな狼の後ろからは少し遅れて、三体の普通の狼も駆けてきている。知恵比べで人間が狼に負けたのだ。

 まさか別働隊が用意されているとは、デクトは想定していなかった。彼はどちらかというと対人のスペシャリストであって、動物については詳しくなかった。





 その魔物は長く狼達を率いてきた猛者であったが、ある時期を境に元々大きかった体がさらに大きくなり、思考も今までよりクリアになった。何か自分の中や外に不思議な力が渦巻いていて、それが自分をより大きく、より強くしてくれてることだけはわかった。

 餌を取り合う天敵を排除し、他のグループも吸収し、森の覇者となるのにはそう時間はかからなかった。


 しばらくの間は今までと変わらず森の中の獣を狩り過ごしてきたが、いつの間にかこの森の獲物は随分と目減りし、群れを養っていくのが難しくなってきていた。


 そんな時に現れたのが、二足歩行の弱い生き物達だ。奴らも群れて森の中に入ってくるが、夜にはよく目が見えなくなるし、自分達のような鋭い牙や、立派な爪も持っていない。その癖我が物顔で森の中をうろうろとしているのだ。

 狩るのは簡単だった。

 毛皮も持っていないのか、食べるのも簡単だった。

 なんて良い獲物だろう、また現れたら必ず狩ってやろう。魔物はそう決めていた。


 群れの飢えが強くなってきた頃、その生き物が集団で森の中に現れた。ぎらぎらした毛皮の代わりのようなものを身に纏っていたが、所詮は前にいた奴らと大して変わらない生き物だ。夜になったら襲い掛かってやろうと、入ってきた頃から静かに静かに後をつけていた。


 どうやら奴らは狙われていることに気づかれたようだ、と魔物も察していた。魔物は賢かった。前にいる奴らより、真ん中に集まっている奴らのほうが、ぎらぎらを身につけていないし肉が柔らかそうだ。

 群れの一部を襲い掛からせ、自分に一番近い家族を連れてこっそりと奴らの後ろに回った。


 何か声を発しているのが聞こえてくる。その調子から警戒の様子は感じられない。チャンスだと思った。これくらいの距離なら、一息に喉笛を噛み切ることができる。魔物は後ろ足に力を込めて、勢いよく茂みを飛び出した。


 肉の柔らかいメスが、肉の柔らかい子供のオスを庇って前に出てくる。きっとこいつらの母親なのだろうと思ったが、そんなことは関係なかった。魔物にとってどちらも美味しい獲物でしかなかったからだ。


 大きく口を開ける。目の前にまっすぐ伸ばされた手をまずは食いちぎって、それから喉笛を前足で引き裂く。食べるのは後だ。どうやら先に仕掛けた仲間達は劣勢のようだったから、まずはできるだけたくさんの獲物を仕留めて、こいつらを混乱させてやるつもりだった。


 細い腕に噛みつき、思い切り顎に力を入れて、狼は初めて気づく。自分を強くしてくれてるよくわからない力が、その獲物の体に幾重にも幾重にも絡みついていることに。

 自然と尻尾が股の間に隠れてしまっていた。なぜこんなに近くに来るまで気が付かなかったのだろうか。

 とんでもない化け物に噛みついてしまったことに今更恐怖する。無機質な目が自分をとらえていた。

 恐怖のあまり、何時でも死にうる距離に長くとどまり続けた。慌てて口を開けて逃げ出そうとした瞬間、そのメスが気の抜けた様子で何かを呟き、その力が口の中で膨らんだのがわかった。

 間に合わない、そう思った次の瞬間、彼の意識は一瞬の熱と共に吹き飛ばされた。





 ハルカの腕に衝撃が走った。そろりと目を開けたハルカと、力一杯顎に力をこめる魔物の目があった。半ばまで飲み込まれた右腕は、外から見ればすっかりちぎられてしまったように見えたが、ハルカの感じた思いは、ぬるぬるして生温かくて気持ち悪いな、くらいのものだった。状況を打開するために、ハルカが慌てて詠唱を始める。


「火の矢、生れ、ええっと、とにかくファイアアロー」


 雑に唱えられた呪文と共に、魔物の頭が吹き飛び、大きな体がそこに倒れる。飛び散った血や脳漿が顔にぶつかり、もっとスマートな魔法を唱えられればよかったのに、とハルカは顔を顰めた。

 時間が止まったかのように他のものが動きを止める中、いち早く動き出したのはハルカのパーティである3人だった。彼らはハルカの丈夫さを信頼していたし、一撃でやられることなんかまずないと思っていたから、他のものほど衝撃を受けることがなかった。

 次に動いたのは、頭が爆ぜた魔物に続いて駆けてきていた狼達だ。情けない声をあげて急ブレーキをかけたかと思うと、あっという間に尻尾を巻いて逃げ出した。


 前線にいた狼達も、統率が取れなくなり、逃げ出すものがいたり、そのままヤケクソに突っ込んでくるものがいたりしたが、程なくして襲ってくる狼は全て討伐され、森に再び静かな夜が訪れた。

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雑すぎ、雑過ぎ!www
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