当然の感覚
翌朝目を覚ましたハルカは、すでにナギに馴染んでいるジーン夫人を見てほんの少し頬が緩んだ。子供たちやウォルト子爵が近寄っていないのに、彼女だけがナギの顔の近くまで行って撫でまわしている。
怖いもの知らずというべきか、無邪気と言うべきか。箱入り娘がそのまま大きくなったような女性で、その姿はハルカの目にもとても好ましく映った。
一家の様子を眺めながら、昨日助けるのが間に合ってよかったと改めて思う。
ハルカは横で眠っていたユーリとモンタナの頭を撫でてから、立ち上がって顔を洗う。それから料理をしているコリンの頭を撫でた。
「なになに、どうしたの?」
「いえ、別に。おはようございます」
「うん、おはよー」
素振りしているアルベルトは嫌がるだろうし、木に寄りかかってうつらうつらし始めているイーストンを撫でるのは流石にちょっと違う。ハルカは三人を撫でた手を開いたり握ったりしながら、レジーナは撫でられたらどんな反応をするのだろうかとぼんやり考えていた。
出発準備を終えると、ジーン夫人が娘を抱き上げて真っ先にナギの背に乗り込んだ。顔を引きつらせていた子爵だったが、ジーン夫人が楽しそうにしている姿を見ると、息を吐いて肩の力を抜きその後を追う。
一人取り残された少年だったが、ユーリが一人で障壁の階段を上っていくのを見て踏ん切りがついたのか、少し乱暴に地面を踏みつけるように歩きだす。
ただ、階段を上るときはすっかり慎重な姿に戻って、ゆっくり、そろりと登っていくのが、彼の性格を表しているようで少し面白かった。
ナギが空に舞い上がる。
夏の強い日差しに、ナギの鱗が時折ギラリと反射する。
殆ど全体を障壁で覆っているが、車で細く窓を開けたときのような隙間を作っているので、そこから気持ちの良い風が入ってくる。
何も言ってはこないが、日陰がないとイーストンが酷くだるそうにしているので、少し前から頭の上を一部白い障壁で覆うようにしている。イーストンは、専らその日陰に座り込んで目を閉じていることが多かった。
王国の北部を飛ぶこと二日。
予定よりも休憩の数を減らして急いで飛んできた。それぞれに疲れた様子はなかったが、少し慌ただしい旅になってしまった。
王都ネアクアが見え始めたあたりで、眼下を観察して誰もいないことを確認して着陸する。
流石にこのまま街に乗りこんだら大騒ぎになることくらいは理解していた。
「本当にもう王都についたのか。信じられない速さだ」
「疲れているのなら、少し休んでいきますか?」
「いや、急ごう。それに竜の背に乗せてもらっているだけで疲れたりしないさ。私も竜が欲しくなってしまった」
最初はナギを恐れていた子爵だったが、今ではすっかり竜の魅力に取りつかれていた。とはいえ、全ての竜がナギのようにおとなしく賢いわけではないので、変に勘違いをすると危ないのだが。
ネアクアの門に近づく前に、お決まりと言うか、当たり前のように王都の兵士に囲まれた。
硬めの高圧的な態度で誰何されたが、全員でナギの背から降りて身分を証明すると、それはすぐに緊張した丁寧なものに変わった。
兵士たちが小さな声で話す「戦いにならなくてよかった」という言葉を聞いてハルカも納得する。
アルベルトたちが初めて大竜峰に行った時、大型飛竜にはかなり痛い目にあわされている。あの時点でも十分に強かったはずの自分たちでも苦労した相手なのだ。王城の兵士が目の前に立つのにはかなりの勇気が必要だっただろう。
何の能力もなく大型飛竜の前に立ったら、とても生きた心地がしないだろうと思う。何か突然腑に落ちて、周囲のナギに対する対応を理解することができた。
ハルカにとっていくら可愛くても、周りから見ればナギは恐ろしい存在なのだ。いつの間にか認識が大きくずれていたことにヒヤリとして、ハルカは気持ちを誤魔化すように頬をかいた。
当然のようにナギと共に街の中に入るつもりでいたのだが、兵士に止められて、再度先ほど普通の感覚を思い出す。
あまり勝手なことをして女王に迷惑をかけたくもなかったので、しばしその場で待機することにした。
一方で子爵一家はそのまま街の中へ入れることになった。身の危険もあったし、身分も保証されているので当然のことだ。
「ここまでの護衛、本当に助かった。必ず報酬は支払う。おそらく王城で再会できると思うのだが、そうでなければ宿泊先が分かるようにしておこう。手間をかけて申し訳ないが、私が出歩くと身の危険があるかもしれないので、そちらから訪ねてきてもらえると……」
「そうしましょう。せっかく無事にたどり着いたのに、そのあと暴漢に襲われてはたまりませんから」
「何から何まですまない」
子爵一家は街の中へ消えていく間も、何度か振り返ってハルカ達のことを見ていた。とりわけ、一番下の妹はユーリのことを気にしていたようで、そっと手を振ってきていた。ユーリが振り返してやると、照れて一度隠れ、それからまた出てきてはもう一度手を振ることを繰り返す。
確かにユーリは可愛らしい顔立ちをしているし、大人しいけれど、まだ二歳とちょっとだ。
すでにモテ男の兆候が見え始めているのを、ハルカは複雑な気持ちで見守っていた。





