夜行性
全員を拘束してから緊急性の高そうなものから治していく。
切断された足を繋げた時には我ながら奇跡的だとハルカは思った。
事情の聴取を始める前に、コリンが少年に声をかける。少年といってもコリンやアルベルトより少し下くらいだろう。
「ご両親はどこ?」
「僕たちが来た方の森の中にいるはずです! 最後に見た時は僕たちを逃すために戦っていました」
「遠い?」
「わからないです。でも馬はそんなに長いこと走らせてないです」
「松明とかつけてた?」
「突然現れました。たぶん明かりは持ってなかったと思います」
「敵はここに来た以外にもたくさんいた?」
「たぶん……ほとんどみんな来てる、と思います。ごめんなさい、わかりません」
「いいよいいよー、よく見てたね」
ハルカたちが捕まえた追手たちを引きずって焚き火のそばまで戻ってくると、コリンは質問を終えて、口元に手を当て考え込んでいた。
静かな森の中での先ほどのやりとりは、ハルカたちの耳にも届いている。
「イースさん、ここに残って見張しててもらってもいい? ……私も残ろうかな」
「構わないよ。子供たちとこの捕まえた人たちを見てればいいんだよね?」
「うん。で、ハルカたちは救出にいける? モンくんなら暗くても相手の場所見つけられるでしょ?」
「いけるです。月明かりで道くらいは見えるですし」
「急ぎましょうか。逃げられても困ります」
「そうだな」
モンタナが頷いて小走りで駆け出した後をハルカが追いかける。そんな中、アルベルトだけが一度振り返って少年に声をかけた。
「安心しろよ、ちゃんと助けてやるから」
アルベルトは答えを聞かずに二人の後を追いかけた。追いついてきたアルベルトに、ハルカは走りながら尋ねる。
「何かありました?」
「なんもねぇよ。急ごうぜ」
イーストンは三人の背中を見送ると、コリンを横目に見ながら感心したように呟いた。
「言うね」
「……まあ、アルは昔からあんな感じ」
イーストンはコリンの反応を見て肩を竦めてから少年に話しかける。
「あっちの大きな竜の傍にいるといい。噛みついたりしないから安心していいよ」
「は、はい」
恐る恐る少年がナギに近づいていくが、ナギは騒ぎが落ち着いたことを悟って既にうつらうつらし始めていた。
近づいても何もしてこないことを確認した少年は、ほっと息を吐いてナギから少し離れた土の上に腰を下ろした。
捕まえた男たちから小さな呻き声が聞こえてくると、イーストンがゆっくりと近寄っていった。目が覚めたのなら、一応事情を聞いてみる気でいたからだ。
イーストンが近づいても男たちは顔も上げなければ、ほんの少しの反応もしない。起きていないふりをしているのかと思いしばし警戒をしていたが、何をしてくるわけでもない。
目深に被られていたフードを挙げてみると、御大層なことにさらに白い面で素顔が隠されている。
「……まるで秘密組織だね」
イーストンの呟きにもやはり何も返ってこない。仕方なくその白い面をとって素顔を拝んでやろうと手を伸ばしたところ、口の端から血が伝って流れるのが見えた。
先ほどハルカが全ての追手に治癒魔法をかけていたから、鮮血が流れ落ちてくるのはおかしい。イーストンは慌てて白い面を剥ぎ取り、息を呑んだ。
鼻を削がれ皮膚を焼かれたその顔面の、穴という穴から多量の血が流れ出てきていた。面を外した瞬間に、溢れ出すように地面に血が流れ落ちる。
「やられたね」
イーストンは手を口元に当てて顔を逸らす。ゴクリと喉が鳴ったのを誤魔化しながら、ため息をつきコリンへ声をかけた。
「コリン、自決された。多分毒だ。こっちを見張る必要は無くなったみたいだね」
「え、毒!? うわ、うわうわうわ、すごい顔……。なんかすごい、火傷なのかなこれ」
「どうかな……?」
イーストンが他の追手の顔も確認していくが、やはり仮面の下には同じように特徴を消された顔面が隠されていた。
「……十中八九、そういう組織の人間だね。一応全員の死亡確認だけしようかな」
「……イースさん、よく平気だね」
「これでも長く生きてるからね。気分が悪くなるなら、見ない方がいいよ」
「んんんー、いや、見とく!」
「そ、好きにしたら?」
次々と仮面を外していくイーストンと、目を細めながらそれを見守るコリン。
全員の死亡を確認してから、イーストンはハルカたちの向かった方角を眺める。
「なかなか面倒な相手かもしれないね」
「うーん……、なんの組織なの、これ?」
「諜報とか暗殺じゃない? でもまぁ……、大丈夫でしょ、ハルカさんたちなら。死体はどうしようか。ナギが食べてくれると楽なんだけど」
「イースさん?」
「冗談。ハルカさんが戻ってきたら焼いてもらおう。僕は土を掘っておくよ」
その辺から棒を探してきて、ガツガツと地面を掘り返し始めたイーストンを見ながらコリンが尋ねる。
「なんかイースさん、今日やけに元気じゃない?」
「……そうかな? ああ、多分夜だからだよ。僕、深夜の方が元気なんだ。日中は基本的に休んでたい。人里で暮らしてる以上仕方がないんだけどね」
振り返ったイーストンの紅い目が怪しく輝く。コリンはすっかり失念していたが、イーストンは立派な半吸血鬼なのだ。
「はぁー、なるほど、そういえばそうだよね。私も手伝う」
「別に寝ててもいいよ」
「いい、目が覚めちゃったし」
隣に並んだコリンを横目で見て、イーストンはこっそりと笑う。吸血鬼を意識させるようなことを言ったのに、ちっとも気にした様子がないのが面白かった。
この仲間たちと一緒にいると、ついつい異端である自分が人から普通に受け入れられるのではないかという気分になる。
コリンから振られる会話に答えながら、二人は手を休めず穴を掘り続ける。
そのどちらもが、ハルカたちの心配はまるでしていなかった。





