長命種
「あとで手紙と依頼書を持っていくことにするわ。条件はその時擦り合わせましょう。あなたたちどこに泊まってるのかしら?」
「飛竜便の牧場を借りています。大型飛竜が仲間にいるので」
「ああ、昨日そんな噂は聞いたけどあなたたちだったのね。じゃあ、また夜に会いましょう」
事務的な話がテトから出てくることはほとんどなく、終始シルキーとの会話ばかりだった。
豪勢な部屋を後にしたハルカ達は、長い廊下を歩いて受付を通り外へ出る。ギルド長室まで案内をしてくれた彼女は、相も変わらず受付の席で退屈そうにしていた。
ハルカが通り際に軽く会釈すると「ちす」と、気の抜けた声を出して軽く手を上げて見送ってくれた。受付嬢というより、その辺の女子高生のようだ。
外に出るとナギの周りに人集りができている。かなり遠目に囲っているが、幾人かの冒険者らしき者たちは度胸試しでもするかのように、緊張した面持ちで近くまで寄っていた。
ナギは大人しく伏せたままでいたが、近くにいる者たちの場所はきちんと把握しているようで、時折警戒するようにそちらを見ている。
身じろぎするたびに飛び退くのが面白いのか、必要以上に首の位置を置き換えているようだった。
留守を任せた冒険者二人はというと、人目を避けるようにナギの後ろに隠れていた。
「ナギ」
ユーリが声をかけると、ナギがのっそりと起き上がる。すると周りにいた人たちが一斉にどよめいてナギから距離をとった。近くにいた若い冒険者の中には腰を抜かしたものさえいる。
声をかけるまでもなく人が散り、ハルカたちの帰り道が開かれる。悪目立ちしているけれど、ナギを連れている以上は仕方がない。
ハルカたちは帰り際に最低限食材だけを買い込むと、真っ直ぐに飛竜便の牧場へ向かった。
牧場へ戻ると、ナギがアルベルトとユーリを乗せて、街の外に狩りへ出ていった。少し前までは持ってきてくれたものを食べるのが普通だったのが、今ではすっかり自給自足できるようになっている。
モンタナはいつも通り石を削り、イーストンは日陰で昼寝だ。
その間ハルカは一人で魔法の訓練をする。たくさんの魔法を空に浮かべ、それぞれ別の方向へ動かしてみたり、早く飛ばしてみたりと、操作性の向上を図っていた。
この街の上空は頻繁に中型飛竜が行き来するので、十分に注意しなければならない。普段だったら動かしているものを見ないで操作しているが、今日はそういうわけにはいかなかった。
空を見上げながらハルカは訓練を続ける。
少し離れた場所で、ヒエロとジョゼが何かを言いたそうにしているのにハルカは気がついていたが、自分からは声をかけなかった。
少し心は痛んだが、親切にしすぎて甘えられてしまっても困る。仲間ではないのだから、彼らは自分たちでどう生きていくか考えるべきなのだ。
集中が乱れて空中で魔法同士がぶつかり弾ける。ちょっと気が逸れただけでこれだ。新たにいくつかの魔法を空に放ち、ハルカは一人での訓練に集中することにした。
ナギたちが戻ってきて夕食を終えた頃には日が暮れていた。牧場のすぐ横にある事務所の扉が開き、スコットではなくシルキーが姿を現す。
夜だというのに帽子を被りベールで顔を覆っているが、その暗闇に溶けそうな色をしたドレスを見て、彼女がシルキーであると知ることができた。
「あら、さっきいなかった子たちがいるわね。その子たちも仲間かしら?」
「あ、違いまーす。ちょっとあっちいってて」
コリンが言うとヒエロとジョゼは素直にその場から離れて、眠っているナギの向こうに姿を消した。
「これ、依頼書よ。依頼料は多分納得してもらえるわ。それから手紙、中身を確認してあなた達の前で私が封をするわ」
テトが偉く盛り上がって喧嘩腰な姿勢だったので、手紙の内容は重要だ。預かったハルカが慎重に上から目を通してみるが、特別妙なことは書かれていなかった。
起こった事実と、国としての見解と立場の表明、それに対して返答を求めるというごく普通の内容だ。早急の対応を求める旨が書かれており、確かに強気な態度が見て取れるが、喧嘩を売るというほど失礼なものではない。
全員が覗き込み、おかしいなと思っていると、シルキーがコロコロと笑った。
「テトに書かせたら大変だから、私が代筆してます。そもそもミミズがのたうち回ったような字を書くから、ろくに読めたものじゃないもの。それくらいなら問題ないでしょう?」
「ええ、まあ。依頼料も……、うん、まぁこんなもんかな」
歯切れ悪くコリンが答えたのに合わせて、そのどちらをもシルキーへ戻す。手紙を封筒にしまった彼女は焚き火に近づくと、蝋を溶かし封筒にそれを垂らし、その上から印を強く押しつけた。
テーブルの上にそれらを置いて、椅子に腰を下ろしたシルキーは帽子も外すとそれもまたテーブルに置いた。
夜の暗闇に深紅の双眸が光る。場の空気が突然重くなったような気がして、ハルカは息を呑んだ。
「一つ……確認しておきたかったのだけれど、そちらの坊やはどうして私が吸血鬼だと分かったのかしら?」
真っ直ぐに見つめられたイーストンは、妙なプレッシャーを受けながらも、剣のつかに手もかけずに直立不動のまま堪える。
「……国を出奔した吸血鬼の顔は覚えるようにしています」
「国? 私あなたのことなんか知らないわ。でもちょっと待って……、どこか見覚えのあるような……」
足を組み口元に手を当てたシルキーは、目を細めたままじっとイーストンを見つめる。
「……あら。もしかして、ヴェラ? でも男の子よね?」
「母なら随分前に亡くなりましたよ」
「……ああ、そう。人間だったものね、あの子は。そう……、あの人と、ちゃんと子供ができたのね」
シルキーは遠い目をしてしばらく黙り込み、ため息をついて帽子を被り直す。
「そういうことならいいわ。くれぐれも吸血鬼がテトと一緒にいることを他言しないでね。私、悪さはしないわ」
「それは、はい。テトさんがご存知のようでしたので」
「いい子達ね」
そう言って身を翻したシルキーの背中に、イーストンが声をかける。
「……母が、またあなたと一緒に食事をしたいと、よく言っていました」
「……あら、それなら、もっと長生きしてくれないとダメじゃない。か弱い種族はこれだから嫌なの」
シルキーはそのまま立ち去っていったが、ハルカは彼女の言葉に色々と考えさせられてしまった。もし自分が長く生きるのだとしたら、いつか同じようなことを思ってしまうのではないかと。
ぼんやりとした不安が、具体的な形として目の前に示されてしまった気がして、胸が少し苦しくなった。
「よし、訓練するか!」
静けさを破ったのは、アルベルトの元気な声だった。妙な雰囲気を察したのかもしれないし、ただいつもの訓練の時間だから声を上げただけかもしれない。
「こっちが片付いたらね」
食器を片付けるコリンと、それについてまわるユーリ。少し嫌そうな顔をしながらアルベルトについていくイーストン。
気づけばモンタナがハルカの横に立っている。
「女王様に会うの楽しみですね」
「……あ、そうですね。久しぶりです」
「またエルフの人とも会えるかもしれないです」
「そうですね……、エルフの森もそのうち訪ねないと」
「やることいっぱいあるです」
「はい……、そうですね!」
先に歩き出したモンタナの尻尾がゆらゆらと揺れる。今日もまた気にしてもらって嬉しいやら恥ずかしいやらで、ハルカは尻尾を追いかけながらカフスを指先で撫でた。