本の虫
翌日出発したハルカ達は、ジーグムンドに渡された地図を頼りに北門から街を出る。何を言うでもなくついてくるヒエロとジョゼに、コリンが振り返るが、ハルカは手でそれを制した。
「ハルカ、利用されるだけよ」
「そうかもしれません。でも王国の人間だとしたら、庇っておいてもいいんじゃないですか? あとでお金になるかもしれませんし、公爵領と敵対する中で役に立つ情報を持っているかもしれません。……これが言い訳にしか過ぎないことは、私もわかっていますが」
「私達の邪魔するためについてきてるかも」
「出会ったのは偶然でしょう?」
「……報告するときは離れて聞こえないようにするからね。なんでハルカはさー、どうでもいい人のこと気にするかなぁ」
「うーん……、敵対していなければ元気に生きていてくれる方が平和でいいじゃないですか」
ストレス発散なのか、責めているのか、コリンは歩きながらハルカの二の腕をつつく。自分の方にあまり理がないことをわかっているハルカはされるがままになっていた。
「みんなに優しくするよりもさ、もっとギュっと絞って大事な人にだけ優しくした方が良くない?」
「……してるつもりですよ? あの人達とコリンのどちらかしか助けられないってなったら、ちゃんと迷わないでコリンを助けます」
「あー、うん、まあそう」
つつくのをやめたコリンは、手で顔を扇ぐ。
「でも、でもさー。変な人を助けるってことは、仲間に危険が増えるかもしれないじゃん」
「私達冒険者ですし、何かあっても乗り越えられるでしょう?」
「ハルカさー、もー、ハルカさー、言うようになったよね」
歩きながらごんごんと肩に頭を当てられるが、まぁこれもいつものことなので気にしない。
ハルカは自分の発言を振り返りながら、随分と偉そうなことを言っていると思い苦笑する。それでも多分、この世界に来た時よりは冒険者らしくなっている気がして、そう悪い気分ではなかった。
遺跡まで歩いていけば数時間、ナギに乗れば一時間とかからない。曖昧な笑いで誤魔化しながら乗り込んでくるヒエロとジョゼは、流石に自分達の立場が理解できたらしく、障壁の隅っこで大人しく座っていた。
遺跡の近くにくると森が少し開けているのが分かった。とはいえナギが降りるとちょっと手狭になりそうなほどの広さしかない。ナギはぐるりと何度か上空を回ってから、ゆっくりと高度を下げていく。
テントから出てきた小さな影が、慌てて小山に空いた穴の中に駆け込んでいくのが見えた。
翼をたたんだナギが伏せて小さくなったところでハルカ達が地面に降りると、穴の中からどやどやと人が出てくる。昨日みたジーグムンドやクエンティンもその中に混ざっていた。全員が武器を構えているが、すぐに襲い掛かってくるような様子はなく、ハルカ達の姿を確認すると肩の力を抜いた。
「作業をお邪魔して申し訳ありません、イーサン支部長はいらっしゃいますか?」
ハルカが距離を空けたまま尋ねると、ジーグムンドの後ろからひょっこりと少年が顔を出した。長袖長ズボンのポケットがたくさんある服を着こんでいて、夏場であることを思えば少し暑そうにも見える。
「あのねぇ! お客が来ることは聞いてたけど、あんたら常識ってもんがないのか? 人を訪ねるのにそんなでっかい竜を引き連れてくる奴がどこにいるんだよ!」
「あ、確かにそうですね。配慮に欠けていました、申し訳ありません」
「お、おー、分かればいいんだよ分かれば」
ハルカが丁寧に頭を下げると、怒りをぶつける先がなくなったせいでその勢いもすぐに萎れる。
「まあいいや。あのおっさんなら、発掘作業の邪魔だって言ってんのに、見つけた書物勝手に読み漁ってるぜ。邪魔だから何なら連れて帰ってくれよな」
「……遺跡発掘の依頼人だ。あまり勝手なことを言うな」
「けっ。ジーグはすぐそれだ。ほら、ついてこい。勝手にあちこち触るなよ!」
ハルカ達を誘導するように手を大きく手前に振った少年は、勝手にどんどん中へ入っていってしまう。慌てて追いかけたハルカだったが、中に入る前にジーグムンドに一度確認を入れる。
「あの少年は良いと言ってましたが、入っても大丈夫ですか?」
「少年? ……ああ、ヨンなら小人族の成人男性だ。外に出しておけばよかったんだが、あの依頼人は聞き分けが悪くてな」
「あ、ああ、小人族……! 初めて出会いました」
「数が少ないし、寒い地域にはあまりいないからな。あんたと似たようなもんだ。ほら、入るといい」
ハルカがなかなか入らないのを見て、ジーグムンドは頭を少し屈めて先に遺跡の中に入り込む。初めて出会った種族に驚いていたハルカも、慌ててその後に続いた。
穴の中には小さなランタンのようなものがぶら下げられており仄かに明るい。見たことの無い照明に目を奪われていると、後ろからコリンの声が聞こえた。
「あんたたちは外で待ってなさいよ」
「いやぁ、そうする。なんか穴の中はいるのとか怖いしな」
「うんうん、服とか汚れそうだし」
「……あ、そう。ならいいけど」
釘を刺すつもりが、二人も特についてくる気はなかったらしい。この態度からも彼らが何かを企んでいるとはとても思えないのだが、だからと言って無償で守ってやる理由もないというのがコリンの、というか大概の冒険者の意見だろう。
理屈は分かるので、ハルカもそれは仕方がないと思っていた。
穴をくぐって最初の部分こそ、周りが土になっていたが、少し先に進むと石造りの壁が現れて、やがてジーグムンドが背筋を伸ばせるほどに天井が高くなる。空間が広くなると、先ほどの照明では全体を照らしきれなくなり、一気に暗闇が広がったような気がした。
その中にポツンと照明を一つだけ置いて、座り込んで本をめくっている男がいた。
「おい、あんたに客だぞ! 人を迎え入れる時くらい本から目を離せ」
小人族のヨンが耳元で喚いたが、イーサンはそちらの耳を指で塞ぐばかりで、一切本から目をそらさない。
「ああ、来たのか。何かあるならこのまま聞くぞ。今いいところなんだ」
ヨンは舌打ちをしてため息をつく。
「なああんたら知り合いなんだろ? こいつ追い出してくれよ。真ん中に居座られると邪魔なんだよ! アブねぇって言っても動かないしさぁ!」
「ヨン」
「だってさぁ、ジーグ!」
「ちょっとうるさい」
「おーい、殴るぞお前、マジでいい加減にしろよ。俺が本当にやらないと思ってるのか、このこのこの」
拳を構えて顔の近くで素振りをするヨンだったが、それでもやっぱりイーサンは微動だにしなかった。
「大事な話です。ラルフさんでは処理が難しいとのことで、わざわざ訪ねてきました」
「……だから、そのまま話していいぞ」
「ジーグムンドさん、人払いをしてもらっても?」
「あ? 何言ってんだ、ここは俺たちの仕事場だぞ! 素人が勝手に、んぐ」
「時間は?」
「十分ほどで結構です」
「わかった。……ヨンの言う通りでもあるので、あちこち勝手に触ることだけは控えてくれ」
「ええ、約束します」
ジーグムンドの大きな手で顔ごと覆われたヨンは、むぐむぐと言いながら遺跡の外へと連れ出されていく。
十分に離れたとき、遠くからヨンの叫び声が聞こえた。
「鼻も口も塞ぐんじゃねぇよ! 死んだらどうすんだ!」
「ああ、すまんな」
ハルカはそちらに顔を向けてから呟く。
「元気な人ですね」
「いつもうるさいんだ。さて、用件を聞こう。俺の読書の邪魔をするなんて余程のことなんだろう?」
イーサンは少し枯れた声で告げて、ようやく本を閉じた。水筒を取り出して水を飲み、喉を鳴らして顔を顰める。
どうやら飲食を忘れて本に没頭していたようだった。