ぼんぼん×2
ジーグムンドがいなくなった頃、難しい顔をしながらヒエロとジョゼが戻ってくる。冒険者ギルドの端で、ハルカ達に出すための依頼書を作成していた。
「よく考えてみたけど、依頼料とか、期間とかわかんねぇや。……俺たちいつまで狙われるんだ?」
「……狙われる原因が分からないことには。狙われているということ自体も、私達の推測でしかないですからね。そういうのはコリンと相談するのがいいと思います」
二人がコリンのことを守銭奴のように思っていることは分かっていたが、適正な値段などに関してはハルカだけでは決めかねる。依頼を受ける受けないも全員での話し合いなので、どちらにせよ今ここで依頼書を出されたとしても即断はできない。
「もしかしてあたし達って結構ヤバい?」
「ですから、敵が本当にいるのかというところからなので、まずい状況かどうかすらわかりません。私達以外に身を寄せる場所があるのなら、ほとぼりが冷めるまではそうしたほうがいいと思いますが……」
まるで見捨てるような発言に心が痛み、ハルカは言葉を続けた。
「とりあえず、私達の用事が済むまでは一緒に居てもいいんじゃないでしょうか? いつまでもこの街にいるわけではありませんが」
「ただでいいってこと!?」
「…………やっぱりコリンと話し合って決めます」
「ま、ま、ま、そう言わずに!」
二人がハルカについてまわるが、それきりハルカは返事をしなかった。イーストンが肩を竦め、モンタナは小さくため息をつく。
善意が空回りしているが、ヒエロとジョゼに悪気があるわけでもない。単純に育ってきた環境の問題だ。良いところの育ちで、気を使わなくても相手からしてほしいものを差し出されるような生活をしてきたのが透けて見える。
ハルカの性格とはやや相性が悪い。二人から見ても良く怒らずに対応しているなといったところだろう。
横合いでやいやいと騒がれながら、ハルカは屋台で食べ物を好きなように選んで買っていく。二人からの言葉はできるだけ耳に入れないようにして無視しているうちに、次第に静かになってきた。
腹が立っているというよりは、相手の図々しさにそのまま流されてしまいそうなので、それ以上に話を進めるのを避けた形だったのだが、外からはそれが怒っているように見えたのだろう。
勘違いされていることはなんとなくわかったが、今はそれでも仕方がないとハルカは思っている。どちらかといえば、変な口約束をしてしまってコリンに怒られたくないなぁ、と言うのが本音だった。
「あれ、その人たちギルドに置いてこなかったの?」
うたた寝していたコリンを起こし、食事を開始しての第一声がそれだった。ぼんやりとしていて、ヒエロとジョゼがまだいることに気がついていなかったらしい。
「いや、護衛の依頼とかしてもらおっかなって思ってぇ、依頼書を貰ってきたんですけどぉ」
「見して」
いつの間にか丁寧な言葉になっているジョゼに対して、コリンが手を差し出す。渡された依頼書を数秒眺めてからコリンはすぐにそれを突っ返した。
「期限と、依頼料、ちゃんと書いてないから却下で」
「全部わかんないんだもん」
「せめて狙われる心当たりくらいは教えなさいよね。教えたからって受けるとは限らないけど」
それを言われると二人はまた黙り込んでしまう。余程話したくないことなのだろう。コリンはあからさまにため息をついて首を振る。
「ちょっとあんた達都合よすぎ。今ここにいることが既に温情だってことに気付いてよね。話終わり! さ、ご飯ご飯」
話を切り上げたコリンが食事を食べ始めると、一部どんよりした場所以外はいつもと同じ空気に戻る。当然のようにアルベルトやモンタナも気にした様子はなかった。
すぐ隣にユーリを座らせたハルカも、あまり考えないようにして食事を進める。もしこれで彼らが何かしらひどい目に合うようだと、とても寝覚めが悪いのだが、彼らにだって意図的に情報を開示していないという非がある。
依頼者と冒険者間で大事なのは互いの信頼関係だ。
冒険者ならばそれくらいわかっていそうなものだが、彼らは冒険者としての経験もあまりない。
地に足がついていないというのが、ハルカが抱くヒエロとジョゼに対するイメージだった。以前ドットハルト公国まで護衛をしたギーツに近い印象を受ける。言葉は悪いが彼は貴族のボンボンだった。
「ママ、元気ないの?」
「……いいえ、少し考え事をしていただけです。ありがとうございます」
ユーリに袖を引かれて、ハルカははっと我に返る。心配をかけてしまったことを誤魔化すように、笑って頭を撫でてから食事を再開した。
食事を進めながら、先ほど冒険者ギルドであったことを共有していく。ハルカは妙なナンパ男がいたことについては触れずに、ジーグムンドとの再会と、明日向かう場所について話していく。
「まじかよ! 今やったら勝てっかな……」
そわそわとしだしたアルベルトが、食事をかき込んですぐに立ち上がる。
「素振りしてくる。イース、モンタナ、早く飯食え」
「……訓練付き合う前提なのやめてよ」
イーストンの返答はさっさと走っていってしまったアルベルトには届かない。イーストンは食事が早い方でもないので、そのことを気にもせずにマイペースで食事を再開した。
いつものことなので、いちいち気にしてなんかいられない。
ハルカはずっと黙り込んでいるヒエロとジョゼが気になって、たまに様子を見ていたが、落ち込んでいるというよりは何かを考えこんでいる様子だった。たまに二人でひそひそと相談事をしている。
話が悪い方向に転がらないといいのだけれど。
不安に思いながら、ハルカは冷めた魚をもそもそと頬張るのだった。





