お買い物係
「さて、すっかり遅くなってしまいました。ナギちゃんがいると、泊まる場所にもご苦労されることでしょう。こちらの牧場を丸々解放しますので、街にいる間は自由に使ってください」
「随分と親切ですね」
「これからのお付き合いを思えばこれくらい」
「じゃー、親切ついでに聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「ええ、もちろん」
ハルカが色々貰いすぎなのではないかと遠慮したが、コリンはずんずんと前にでる。これが正しい姿勢なのだとわかっていても、やるのには勇気がいる。こういう図々しさも交渉役には必要だ。
「〈オランズ〉の冒険者支部長のイーサンさんが〈プレイヌ〉に来てるはずなのよね。昔の図書館が見つかったとかで、潜ってるみたいなんだけど、場所知ってます?」
「ああ……、少し前に結構な騒ぎになっていましたね。街を出て北に行けばあるはずですよ。その昔は湖の周り一帯が人の住む地だったそうですからねぇ。ひょんなことから遺跡が見つかるんですよ」
「ありがとうございます。あとはー……、最近王国のマグナス公爵領って、なんか変な動きあります?」
「あそこはいつも妙な動きをしてますから、最近と言われましても。……何が知りたいんです?」
具体性を求められるとコリンも少し考えてしまう。
中型飛竜を集めていること。その制御をするための妙な魔道具を使っていること。【独立商業都市国家プレイヌ】に対してちょっかいをかけているという事実。他にも何かしらしてるなら、と曖昧な質問を投げかけてみたのだが、上手く投げ返されてしまった。
ぐぬぬと唸っていると、スコットがお腹を揺らして笑う。
「ほっほほ! まぁ、深刻な話でしたら改めて。今日の腹の探り合いはこの辺にしておきませんか? お互いに神経を使ったでしょう」
「んんー、そうしておきます」
「ではでは、私はこれで一度失礼いたします。わからないことがあったり、お出かけの前なんかにはあちらのドアから入って声をかけてください。いるものが対応いたしますので」
ハット帽を取って仰々しく挨拶をしたスコットは、体を左右に揺らしながら先ほど示したドアへと向かい、やがて建物中へ消えていった。
それを見送ってほんの少ししてから、コリンは大きく息を吸い込むと、横に座っていたハルカの肩に頭を預けため息をついた。
「はぁー、ちょっと緊張したぁ」
ハルカからはいつも通りのコリンに見えていたので、思いもかけない言葉に少し驚く。少し首を傾けて横目で顔を覗くと、目をゆるりと閉じて、指先でこめかみをマッサージしている。
「コリンでも緊張することがあるんですね」
「そりゃそうだよー」
「私はコーディさんと話している時の方が緊張した気がします」
「あー……、確かにコーディさんもそうだけどー……。スコットさんって、一見人のよさそうなおじさんに見えるけどさ、あれでも本当に有名な商人なんだよね。それこそ対立するとこの国でやってくのに苦労するくらいには」
「……全然そうは見えませんね」
「だから緊張したの。全然見えないから、腹の底が見えないっていうか……。もしかしたら本当にいい人なのかもしれないけど、事前情報が多すぎてこっちが構えちゃった」
ぐったりとしたコリンに気付いて、ふらふらしていたアルベルトが戻ってくる。そっとモンタナの肩をつついて起こし、コリンを指さしてこそこそと耳打ちをした。
モンタナは眠たそうな目を擦ってから、コリンの方を見てコクリと一度頷く。
「です」
「ですじゃねぇよ、ちゃんと起きろ」
まるで意味のない頷きだとわかっているアルベルトは、今度は強めに肩を揺さぶった。まだぼんやりしているモンタナだったが、袖の中から異常事態に気付いたトーチが這い出してきたところで、仕方なく立ち上がる。
「今日は何か買ってくるですから、コリンはのんびりしてるといいです」
「えー、悪いし私も行くよー」
のっそりと動きだしたコリンに、ハルカは首をゆっくり振った。
「のんびりしててください。ユーリとナギと一緒に寝ててもいいですよ」
「疲れたって言ってもそこまでじゃないけど……、ま、いっか。じゃあ休んでよーっと」
椅子から立ち上がったコリンは、丸くなって寝ているナギの傍まで歩いていって、ユーリの横に寝転がる。
「……アルが留守番かな」
「なんでだよ、俺も行くぜ」
「アルは見張り役で。街ではぐれても困りますし」
「いつまでも俺を迷子扱いするなよな。街の中くらい大丈夫だっての」
「昼、ユーリに方向教えられてたですよ」
モンタナの鋭い突っ込みに、アルベルトはすっと目をそらす。そしてチラリと目を閉じているコリンを見てから、小さくため息をついて頭をかいた。
「ま、いいか。んじゃ俺なんでもいいから肉な」
少し不満そうな顔をしているが、アルベルトは諦めてコリンたちの前に腰を下ろし、剣の整備を始めた。
ハルカ達が買い出しに出るために歩き出すと、今まで静かに鳴りを潜めていたヒエロとジョゼがやっぱり静かに後をついてくる。スコットとの会談のせいですっかり存在が薄くなっていたが、こちらの問題も残っていたことをハルカはようやく思い出した。
「……お二人はどうしますか? ここで待っていても構いませんが」
「いや、俺たちはあんたらについてくぜ!」
「そうそう、こっちの方が……、怒られなさそう!」
確かにメンバーを見比べると、コリンとアルベルトは手も口もよく出るタイプで、今から出かける三人は比較的寡黙で大人しそうに見える。
「そうですか。じゃあまあ、ついでに冒険者ギルドにも寄っていきましょうかね」
二人を冒険者ギルドに送り届けて、ついでに万が一イーサンとすれ違った時のために伝言を残しておきたい。ぼんやりと街の地図を頭に思い浮かべながら、ハルカは牧場から大通りへと歩みを進めた。