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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
水面下で燻る火

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先見の明

 ナギはスコットに撫でられてもじっと動かずにいた。飛竜の扱いに慣れているのか、ナギの嫌がるようなことはしていなさそうだ。しばらくそうしてから、ポンポンとナギの角の辺りを軽くたたいて、スコットは席に戻る。


「さて、どう思われますか?」

「それは、まぁ、悪い話ではないように思います」


 ハルカは元の世界にいた頃の飛行機を思い浮かべながら、スコットの考えに同意する。それほど安価な移動手段にはならないだろうけれど、プライベートジェットのようなものと思えば、国内外の重要人物を移動させる手段としては重宝することになるだろうと思った。

 それと同時に、ハルカは飛行機の発展の歴史にも意識が向かう。空を支配するというアドバンテージは、戦時中にはさらに重要視される。マグナス公爵領で中型飛竜を集められていて、実際にハルカ達の拠点にそれが飛んできていることを思えば、そのリスクを想像するのはたやすい。


「でしょう? 素早い情報交換は、平和のためにも役立ちます。殴り合ってからでなければ解決しなかった問題も、話し合いで解決できる可能性が生まれます。私はこの計画を進めるために、大型飛竜との生活を実現したハルカさんに、ぜひともご協力いただきたいと思っていたのです」


 相手は商人だ。今までのことや、普段のコリンの様子を見ていればわかるが、商人というのはちゃんと自分の利益を一番に考えて動く生き物のはずだ。きっとハルカの人柄を十分に調べてから、聞こえのいい言葉を並べ立てていることは理解していた。

 左右を見ると退屈そうにしているアルベルトと、表情を変えないイーストン。そわそわしている冒険者二人に、心配そうにハルカを横目で見ているコリンとモンタナの姿があった。上手い話に乗せられないかと不安なのだろう。

 いつも世話になっているばかりなので仕方がないと思いつつも、ハルカは苦笑した。


「スコットさんが何をしたいのかはわかりました。それで、私達に何を求めているんです?」

「はい。大型飛竜の卵の確保と、その成長に関する助言をいただきたいです。一度きりの取引ではなく、事業全般への協力をお願いしたいと思っております。報酬は十分にお支払いするつもりです。現状大型飛竜を個人所有しているのは、北方大陸においてあなた方だけですから」


 ハルカはその言葉に疑問を覚える。自分達以外に大型飛竜と暮らしている者がいないというのが不思議だった。ナギは賢く大人しいし、卵から育てればいうことをきちんと聞き分けてくれるというのが定説のはずだ。


「……なぜ他に大型飛竜がいないのでしょう?」

「なぜですと!? 思い当たる節はありませんか? それともそちらの子が何か特別な……?」


 尋ねられたスコットの方が、ナギを見てしばらく考え込んでしまう。腕を組んで思い悩んでから、スコットはゆっくりと語り出した。


「当然、この構想に関して、我々は以前から着手してきました。十分な環境を整え、高位の冒険者に依頼し、大型飛竜の卵を入手したこともあります。ここから先の話は、あまり褒められたことではないので他言無用でお願いしたいのですが、よろしいですか?」

「何か制約がつくようなことなら聞きません」


 チクリとコリンがくぎを刺すと、スコットはハハハと笑う。


「いえいえ、あくまでお願いですので皆さんの良心にお任せしますとも。実は大型飛竜が十分に大きくなった時に、従業員を二人殺して山へ帰っていってしまったのですよ。結果我々は優秀な従業員を、家族は大切な夫や父を失いました。暮らしには困らぬよう十分な支払いはしておりますが……、良い話ではないですから」


 思っていたよりも深刻な話で、ハルカは眉を顰めた。

 よくよく思い返してみれば、そういえばじゃれて噛みつかれたことはあった気がする。もしユーリに何かあっては大変だと思って、ちゃんと叱ったのだが、エスカレートしたならば、スコットが話すような事態になってもおかしくなかったのかもしれない。

 振り返ってナギを見てみると、のそりと近づいて首を伸ばしてくる。とても可愛らしいが、凄惨な事件を起こす可能性を示されたことでその扱いの難しさを痛感する。

 そんなことがあったうえで、先ほどナギの顔を撫でたスコットは、余程度胸があるか竜が好きなのだろうと思った。あるいは、自分達の信用を得るために博打をしたということも考えられる。

 この世界の商人の強かさをハルカは、少し前に思い知らされていたので、警戒を解くまでには至らなかった。〈オランズ〉へ戻る途中に出会ったラウドとアイーシャとの一件は、ハルカに確かな警戒心を植え付けていた。



「……大きさに関わらず、飛竜の利用というのは平和的なことばかりではありませんよね?」

「ええ、もちろん。しかし私達は戦闘への飛竜の貸し出しは一切行なっていません。竜と共に生きることを誓い、ドラグナムの姓を名乗った高祖父より伝わる、我が家の家訓です」

「スコットさんのルーツは存じ上げませんが、それは信じるに値するものですか?」

「我がドラグナム家は、元々ディセント王国で子爵位をいただいた貴族でした。かつて〈プレイヌ〉を治めていた侯爵の暴政に異を唱え、冒険者や商人と共に独立のために戦い、今では一商人として暮らしております。ただ、貴族であったころの矜持まで失ったつもりはございません。平和的な運用ならばともかく、それ以上のことはしないと証書をかいても構いません。……最近では、北東の領地でけしからん動きもみられておりますので、警戒されるのはごもっともですが」


 熱く語ったのちに、声を低くしてハルカ達の当たっている問題にまで触れてくる。スコットがどこまでの情報を掴んでいるのかはわからないけれども、味方に引き入れておいた方がよさそうな気がした。


「……協力するのはやぶさかではありませんが、我々は〈オランズ〉の冒険者です。その郊外に拠点も作っています。こちらに常駐はできませんよ」

「はい、存じております。ですので、大型飛竜用の飛竜便支部を〈オランズ〉ではなく、あなた方が拠点を建築している場所に作らせていただけないかと、そう考えているのですがいかがでしょうか? 聞くところによるとかつて〈忘れ人の墓場〉と呼ばれた場所は、今では森に囲まれた豊かな土地。これから発展の余地が十分にあると聞いております。是非是非是非に、我々ドラグナム商会をその発展に一枚噛ませていただければと! 我々飛竜便だけではなく、手広く商売をさせていただいておりますので!!」


 先ほどの熱い語りよりもさらに熱の入った言葉が次々と飛び出してきて、スコットはすっかり満面の笑みだ。ハルカが勢いに押されていると、スコットは更にコリンを見て続ける。


「確かそちらはハン氏のご息女でしたな! もちろん発展の際に独占するようなことは致しません。ハン氏とも手を取り合ってやっていければと思っております。どうぞ何かございましたらお気軽に、このドラグナム商会の商会長スコットにご用命をくださいますよう!」

「……あの、貴族としての矜持は」

「それは信念であって、商売と相反するものではございません。いらないプライド等かなぐり捨てよ、これが父の教えですので、はい!」


 その後もしばらく熱弁に押され続け、モンタナがうたた寝し、アルベルトが素振りを始めてしばらく。ハルカとコリンは、スコットとの商売連携の書面にサインをすることになる。

 その中身はハルカ達に大いに有利なものであり、心配になるほどだったが、スコットは契約の完了にほくほく顔で微笑んだ。


「本当にこんなのでいいんですか?」

「ええ、もちろん。特級冒険者、それもこれから街ができそうな場所に拠点を持っている方との契約です。今はともかく数十年後に、息子や従業員はこの契約に感謝することでしょうとも!」


 ハルカにはよくわからない随分と先の話だったが、コリンと共にきちんと考えてしたサインだ。おそらく酷いことにはならないだろうと思いつつも、あまりに有利過ぎる内容に、どうも納得のいかないハルカだった。








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― 新着の感想 ―
[良い点] ○ハルおじ……えらい、えらいぞ、そのまま慎重に……! 商人はみんな蛇や! パーティにケツの毛まで毟る、すごく怖くって、すんごく頼れる、めっちゃ甘やかしてくれる可愛い蛇っ娘がおるじゃろ? …
[良い点] 更新お疲れ様です。 大型飛竜とのエピソードの真偽はさておき、密偵やスパイにしては手札を開示し過ぎてる感じがするのでガチ商人っぽいですねスコットさん。 [一言] 此処まで情報を掴んでるなら…
[気になる点] きっと、従わせるにはハルカのような圧倒的強者がボスとして君臨してるのが一番 [一言] 何十年後か先、街規模に発展したとき生きてくるような契約ならよっぽどひどい契約じゃない限り悪いことに…
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