お散歩
大通りに出る前に、ヒエロとジョゼを連れたまま、更なる裏路地へと移動する。人の通りもない場所へとついてから、コリンは二人の腕から手を放して、再度説明を求めた。
「ほら、さっさと吐いたほうがあんたらのためよ」
「それは……、言えないんだ」
ヒエロの返答は驚くほどはっきりとしていた。今までのふざけた様子は成りを隠し、困ったように視線を逸らす。
コリンは少し考えてからもう一度尋ねる。
「あんたら、デザイア辺境伯領出身でしょ?」
「…………言えない」
目を泳がせて返答に迷った時点でそうだと言っているようなものだった。
「さっきの宿の話を聞いて分かったでしょ。ヘボンさんは多分身分を偽ってあなた達に接触したのよ。目的がなんだかわからないけど、精々気を付けることね」
コリンは二人に忠告をすると、元来た道を戻り大通りへと向かう。二人の出自は、確認するまでもなくほとんどわかっていたが、ヘボンの目的を探るためにはもう少し詳しい情報が欲しかった。
しかしよく考えてみれば、自分達とは関係のない二人を守る義理もないし、ヘボンの正体を探る必要だってないことにコリンは気がついた。護衛依頼でも何でもないのだ。
いつの間にかハルカのお人好しが移ってしまったようだと、コリンは自省して少し俯いた。
「待ってよ。それって私たちが狙われてるってこと?」
「それ以外に何だと思うの?」
追いかけてきたジョゼに、すげなく答えるコリン。
「っていうか、もっと聞かないんだな。てっきりあれこれ厳しく問い詰められるかと思ったぜ」
「ホントよね、ちょっと覚悟したのに」
「……っていうか、もう別に一緒に来なくてもいいわよ。連れて歩いて悪かったわね、はい別行動、さようなら」
「ま、ま、そう言わずに、もうちょっと俺たちの事情聞いてみない?」
「聞かない」
自分達の置かれた状況を理解したのか、態度を変えたヒエロもコリンに追いすがる。ずんずんと先を歩くコリンの後を追いながら、ハルカは後ろでこっそり笑っていた。
「コリン、道が違いますよ。目印を見て歩かないと」
手前の角を曲がってしまったコリンに声をかけて、正しい順路を指さす。最近では地図も読めるようになったコリンだったが、やはり意識をしていないと迷子になりやすいようだ。
コリンはすぐに戻ってきて横に並び、二人の言葉を無視してハルカに話しかける。
「んもー、ハルカのお人好しが移っちゃったかしら」
「あの二人が心配なんですか?」
「心配じゃないですー」
「私はちょっと心配ですけどね。話を聞いてあげては?」
「お金にならないことはしないの」
「もしかしたら、身分のある人かもしれませんよ?」
大通りに出ると、少し離れた店の前にナギが伏せているのが見えた。多分アルが店を覗いているのだろう。ハルカがそちらに足先を向けると、コリンがため息をつく。
「……依頼なら聞いてあげるわよ? 当然、ギルドを通してもらうけど」
「やっぱ守ってもらった方がいいか?」
「知らないわよ、どこの誰かもわかんないんだから」
「わかった、秘密だぞ、これ秘密だからな」
「うるさいわね、言いたくないなら言わなくていいわよ。あと秘密なら大通りで言うのやめなさいよね」
「あ、それもそうね」
そんな話をしていると、ユーリがナギの上できょろきょろと辺りを見渡しており、ハルカ達が戻ったことに気がつき手を振る。
ハルカが軽く手を振り返してナギの足元まで来ると、案の定アルベルトは店の前で並べられた武器を眺めていた。
ナギがかなり通行の妨げになっていて、世が世なら路上駐竜で捕まってしまいそうだとハルカは思う。一所に長居するのも迷惑だろうと思い、アルベルトに声をかけて、すぐに場所を移動することにした。
飛竜便の本部へ向かって歩きながら、ヘボンについてアルベルトに説明する。アルベルトは特に驚きもせずに「ふーん」とだけ答えた。アルベルトはそういう細かい話は、自分の担当ではなくコリンやハルカの仕事だと思っている。
悪い奴もいるもんだな、とは思うものの、だからと言ってこれからの方針に何か口出しするようなことはなかった。
街のどこに何があるかは、ヘボンから貰ったメモに大体書いてある。ヘボンにしてもあの時点で嘘をつくメリットはないはずなので、おそらく示された場所に間違いはないはずだ。
空を見上げれば中型飛竜が飛んでいるので、最悪それを追いかければ飛竜便の本部には到着する。
空を幾度か見上げながら歩くことしばらく、ハルカ達は飛竜便の本部らしき場所の近くまでたどり着いていた。人で賑わっているかと言われるとそれ程でもないのだが、柵の中に何体かの中型飛竜が待機しているのが遠めに見えた。
ナギの目にもそれが見えたのだろう。何度もハルカ達の方と、その柵の向こうにいる竜を交互に見て、そわそわとしている。
そしてそれ以上に、柵の中にいる飛竜たちはそわそわ、というより戦々恐々としている。ナギが一歩進むにつれて、じりじりと後退していくのに、傍で世話をしていた人が慌てている。
やがて建物のすぐそばまでたどり着いたころには、中型飛竜はすっかり柵の奥ギリギリまで体を寄せて、ナギから完全に目をそらしてしまった。それでも飛んで逃げ去ったりしないのは、良く調練されているということなのだろう。
柵の中で慌てていた者の一人が、何かを言ってナギの方を指さすと、他の従業員も一斉にナギの方を見てぎょっとした顔をする。慌てて建物の中に駆け込んでいく人々を見て、ハルカ達は来るとこを間違えたようだなぁと反省していた。
ただナギだけは、なんだか楽しそうに中型飛竜たちの方をじっと見つめていたのだけれども。