共同作戦
見張りを交代してから一時間ほどが経過したころ、やはりモンタナが最初に異変に気が付いた。
ひと際大きな吠え声の後に続いて、いくつかの遠吠えが聞こえてくる。
それは最初のうちは一方向からしか聞こえてきていなかったが、徐々に左右へと広がっていく。野営地を中心にして広がっているのがわかったモンタナは、手を止めて石を袖の中にしまった。
「狼が、ここを囲おうとしてるです。皆を起こすです」
跳ねるようにして全員が立ち上がり動き出す。
「俺、騎士のおっさんたち起こしてくる!」
「ハルカ、松明持ってきて! そこら中にくくって周り見えるようにしよ! 私はロープ持ってくるから!」
「わかりました、ここに運んできます。視界は焚火を中心に広げればいいですね」
いつもは自分たちが狩りに行く側だったものだから、相手方から積極的に襲われるのは初めてだ。立ち上がったはいいものの、何をしていいかわからずにいたハルカに、コリンが指示を出してくれた。
モンタナがコーディのグループへ、アルベルトが騎士のテントへ走っていく。ハルカとコリンも備品の置いてある荷馬車へ走った。
「あっ」
何かを思い出したのか、コリンが大きな声を上げて、その場で足踏みする。
「ハルカ! あの双子起こしてから松明とってきて! 私はロープロープ!」
そう言い残してたったったと軽快にかけていく。目を合わせないところを見ると、自分のやりたくないことを、ハルカに押し付けたであろうことは明白だった。
「しょうがないですね……」
ハルカはちらっと、小さめのテントを見てそちらへ走る。
テントの幕を上げるとのんきな顔をして眠っている二人の姿があった。いつもは生意気に見える顔も、眠っているとただの年相応の少年だ。
そんなことを考えている場合ではなかったと、ハルカはいつもより少し大きな声を上げた。
「眠っているところすみません、狼の襲撃があるかもしれないので起きてください!」
一言目にはびくっと飛び起きた二人は、同時にハルカの方を振り返った。ばたばたと四つん這いで自分たちの杖を握り、慌てて立ち上がる。
「わかった、どうしたらいい?」
「俺たちも戦うのか?」
レオが両手で杖を握り締めて尋ねるのに対し、好戦的な表情を浮かべてるのがテオだ。双子で息があってるからと言って、性格がまるで同じというわけではないらしい。
「必要でなければできるだけ後ろに。今は松明を運ぶのを手伝ってくれると助かります、いいですか?」
「うん」
「わかった」
「じゃあついてきてください」
外を見てみれば、長いロープを腕に絡めて、コリンがえっほえっほと焚火の方へ戻っていくのが見えた。こちらに気づいた彼女が、ハルカに向かって声を張る。
「ロープ使いやすい長さにしとくから、早くね!」
「わかりました!」
荷馬車についた3人は、松明を袋に詰め込む。まとめて運ぶようにされていなかったので、一気に持っていくためにはそうするしかなかった。
十数本の松明を詰め込んだ袋を、ハルカが持ち上げる。双子の方を見ると、二人とも袋を運ぶのに苦戦していた。中に詰めすぎて重くなりすぎたのと、紐などがついていないので掴みにくいのが原因のようだった。
「貸してください」
見かねたハルカがまとめてそれを抱えて持ち上げる。束にして持つことができたが、眼前がふさがってしまってよく見えない。胸が大きいせいで抱えるのに少し邪魔だった。
「こいつ絶対近接職だ……」
「魔法使いのローブ着てたのに……」
小さく呟く双子の声が聞こえ、心の中で『魔法使いなのに』と反論をしながらも、それどころじゃないので彼らに頼みごとをする。
「前がよく見えません、先導してください」
「「わかった」」
ダブった返事が聞こえ、「こっちこっち」とか「足元石あるぞ」とか言われながら焚火のそばまで到着する。
「うわ、松明のお化け」
ふざけた調子でそう言ったのは装備を整え終わったフラッドだった。
それには取り合わずに、ハルカはたいまつを地面におろす。
それを見たデクトがみんなに聞こえるように大きな声を上げた。
「戦闘力のあるものは3人一組で松明をくくりに行け! 終わったら一度ここへ戻るんだ。接敵したら戦わずに大きな声を上げて退却しろ。難しければ時間を稼げ! ではいけ!」
それを聞いて一斉に松明を掴み散っていく中、戦闘経験の薄いであろう双子と、どんくさいハルカがその場に残される。
「な、なにやってんだよ、いくぞ!」
「あ、はい」
顔を見合わせて一拍おいたのち、テオの言葉に頷いたハルカが松明に火をつけると、ロープをもってみんなが行かなかった方向へ走り出す。小走り程度のつもりだったが、少しおいていかれた双子が後ろで文句を言いながらついてくる。
「ぜったいあいつ格闘家だ! 魔法使いの運動能力わかってない!」
「見た目細いのに、意味わかんない! 速い、速いってば!」
どこまで行ったらいいかわからないハルカは、焚火の火の明かりが届かなくなる辺りで、止まって木に松明を括り付ける。ぐるぐると巻いて固定しようとするが、なかなかうまくいかず、手間取っているところに双子が追い付いた。
「なにやってんだ、早く着いたくせに、貸せ!」
ハルカから松明を取り上げたテオが、木に松明を括り付けようとする。ただ、少し位置が低いように思えたハルカは、テオの脇を支えて体を持ち上げた。
「てめ、何すんだよ!」
「すみません、ここくらいの高さにお願いします」
バタバタと足を動かし、顔を赤くするテオにハルカは落ち着いて頼み込んだ。ばたつかせた足はハルカに当たったりしたが、まるで拘束が緩む様子もない。痛くないのだから当たり前だ。
「あー、もう! あの騎士のおっさんと言い、こいつと言い……、っだから近接職の脳みそまで筋肉になってるような奴は嫌いなんだよ!」
怒りながらも乱暴に松明を括り付けたテオを地面におろすと、テオはハルカを指さして怒鳴りつけた。
「二度と勝手に持ち上げるな!」
「あ、はい、ごめんなさい、もうしません」
どうやら彼のプライドを傷つけてしまったらしいことに気づいたハルカは、素直に頭を下げた。