〈プレイヌ〉
首都〈プレイヌ〉は【独立商業都市国家プレイヌ】として最初に独立した都市だ。
〈プレイヌ〉はディセント王国の中でも当時から栄えていた都市だった。同時に山脈によって主都との隔たりがあったせいで、王よりも領主の権限が強く、身分による差別が非常に激しい都市でもあった。
そのせいでと言うべきか、そのおかげでと言うべきか、反乱が起こり、今の状態になったわけなのだが。
高い城壁にいくつもの大きな備え付けの弓が設置されている。背中に大竜峰を持つことで不意を打たれることはない。東には十分な水量を持つ湖。内側から攻め立てられない限りは、この都市を落とすのは至難の業だろう。
ハルカは空高く遠くから〈プレイヌ〉を望みながら、そんなことを考えていた。
中型飛竜が〈プレイヌ〉へ出入りしているが、それらが皆ナギを避けて飛んでいく。ぎょっとしたような表情をしている乗り手を見たハルカは、所謂空の交通ルール的なものに迷惑をかけているのではないかと気づき、かなり手前で降りて歩いていくことにした。
門の前に並んだところでヘボンから声をかけられる。
「それでは、ここで一度失礼します」
「一緒に行かないんですか?」
「ええ、私はこの街の住人なので、審査が要らないんです。これ、おすすめのお店のリストを作っておいたので活用いただければ……。何かあれば私の家を訪ねていただければ、微力を尽くさせていただきます」
「そっかぁ、それじゃあ仕方ないねぇ。じゃ、またねー」
コリンはやけにあっさりとヘボンの離脱を認めて見送る態勢に入る。おやっと思ったハルカだったが、何か考えがあるのだろうと、それに倣う。
「そうそう、ジョゼさんとヒエロさんはどうしますか? 私の護衛と言えば一緒に入れると思いますが……?」
「へへ、そんじゃ俺たちはそっちから」
「あんたらはダメ」
「え?」
「どーせ街に入る手続きもあんまりやったことないんだから、こっちから入りなさい」
やや強引に二人の冒険者をその場にとどめたコリンは、苦笑しながら去っていくヘボンをそのまま見送る。肩を落とした二人を後ろにやって、ハルカはこっそりとコリンに話しかけた。
「どうしたんです?」
「いや、ヘボンさん怪しいじゃん」
「逃がしていいんですか?」
「どうかなー。私たちに会ったのは偶然だけど、へっぽこ二人と一緒にいたのは、ヘボンさんの意志だよね?」
「あー……」
もしヘボンさんが何らかの思惑を持って動いていたのだとすれば、その目的に関わっているのはハルカ達ではなく、ジョゼやヒエロのはずだ。さらに徴収をされるのではないかと萎れている後ろの二人は、多分そのことに気がついていない。
反対側に寄ってきたモンタナが世間話をするように続きを拾う。
「街に入ったら、まずヘボンさんのお家探すですよ。僕達も色々あるですから、変な人の正体は探っておきたいです」
「いつの間にか二人でそんな話をしてたんですね」
「ハルカとアルはわかりやすいですから」
「…………そうですか?」
モンタナはハルカの顔を見上げてから、少し間をおいて尻尾でその手をくすぐった。指先で追いかけると、すすっと尻尾は逃げていく。しばらくそうしていると、ちょっと落ち込みかけた気持ちがいつの間にかどこかに行っていたことにハルカは気がつく。
まるで子供のようだと、ハルカは尻尾を追いかけるのをやめて、自分の頬をかいた。
「……これは、大型飛竜でしょうか?」
「ええ、かわいいでしょう」
「……街の中を歩かせるので?」
「やっぱりまずいでしょうか」
「ええ、まあ、その、ちょっとご勘弁いただきたいです」
門番の冒険者はハルカと仲間たちを見て、恐る恐るそう答えた。冒険者でもあるこの男には、この中で一番強いのはどう見ても大型飛竜に見える。若者たちの集団に制御できるとはとても思えなかった。
ただ従えているということは、それなりの強さがあるはずだとも理解しているので、あまり強く出られずに、曖昧な態度になってしまっていた。
そう話しているうちにハルカ達が書いた身分証明書が、門番の手元に戻ってくる。
七級、七級、王国侯爵お墨付きの旅人。
最初の二枚で顔を顰め、次を見てから、いかにも優雅なお貴族様っぽいイーストンを見てなるほどと思う。
そうして次の紙をめくり、目を見開いた。
一級、一級、一級、特級。
ダークエルフの魔法使い。最近噂になっていたが眉唾だとばかり思っていた存在が目の前にいた。門番はごくりとつばを飲み込み、竜に目をやっている女性を見て呟く。
「耽溺の魔女」
その言葉ははっきりと届かなかったが、何かが聞こえてハルカは再度門番に目を向ける。
門番は先ほどまで『美人だが何を考えているのかわからない』くらいに思っていたのだが、途端に失礼なことをしでかしていないか不安になった。特級冒険者と言えば非常識の代名詞みたいなものだ。
「仕方がないですね……」
ため息交じりに呟かれたその口元を見て、門番は体を強張らせる。悩ましい色気に参ったのではない、そこからいつ魔法の詠唱が飛び出すのではないかと怯えたためだ。
「と、特級冒険者、ハルカ=ヤマギシ様ですね。そちらの大型飛竜、せ、制御できるのでしたら、街の中を歩くのに問題ございません。ただし何かありましたら、ハルカ様の方でご対処いただければ幸いでございます」
「制御……?」
気に障っただろうかと、門番がいよいよ命の覚悟をしたところで、ハルカはゆったりと微笑む。
「ああ、大丈夫ですよ。噛みついたりしないですし、いい子なんです。撫でてみますか?」
「はっ、あっ、ありがたく存じますが、私仕事中でございますゆえ、なにとぞどうぞ、先へお進みくださいませ!! お引止めして申し訳ございません!」
頭を下げた門番の顔をハルカ達が見ることはそれきりなかった。
ハルカ達の姿が完全に見えなくなって、待っている冒険者や商人達から苦情が聞こえ始めるとようやく門番は顔を上げた。乗り切った達成感と、命が助かった安心感に、門番はようやく生きた心地を取り戻し、大きな声を出す。
「よし! 次の者!」
待たせといて何を言ってるんだと、ブーイングしていた者たちは思ったが、真後ろで事情を理解していた冒険者たちは、粛々とその指示に従うのであった。