筒抜け
「なー、あんたらって階級の高い冒険者なんだろ。活躍するコツとか無いもんかな」
ナギの背中に乗っている間に、馴れ馴れしく話しかけてきたのはヒエロだった。昨晩のジョゼといい、他の誰でもなくハルカに話しかけてくる。見た目で言えば、パーティの中ではハルカが一番冷たそうに見えるはずだから、案外人を見る目はあるのかもしれない。
「真面目に働いて、依頼をこなしていくしか無いと思いますけど……」
「それしかねぇのかな?」
「少なくとも、ギルドを通していない依頼を受けても、ギルド内での階級は上がらないと思いますよ」
「え、そうなのかよ?」
「……新人研修とか受けてないんですか?」
「なんだそれ?」
「〈オランズ〉では定期的に開かれていますよ?」
「そうだったんかよ。この間来たばっかりだから知らなかった……」
笑いながらそこまで言ってから、ヒエロは慌てて口を閉じて顔を背けた。予想通りここら出身の冒険者だったわけではないらしい。ここまでくると、本当に冒険者として活動してきたかどうかすら疑わしいところだ。
「聞かなかったことに……ってわけにはいかないか」
「いえ、別に構いませんよ」
「だよな、何を隠そう俺たち……、いいのか?」
「悪さをしに来たわけじゃないんでしょう? 話したくない事情なんて、誰だって一つや二つあります」
何か悪いことを企てるような人間はこんなに迂闊ではないし、もっと大人しく善人の仮面を被っていることが多い。ハルカにはこの冒険者二人が、特別悪い人間には思えなかった。
それにもしそうだとしたら、モンタナから一言二言、昨日の晩のうちに注意がなされていたはずだ。
「へ、へへへ。……ジョゼ、おーい、ジョゼ」
「なぁによヒエロ」
ヒエロはヘラヘラと笑い、ジョゼを呼ぶ。空の旅に慣れてきたのか、ベタッと障壁に張り付いて外を見ていたジョゼは、邪魔されたことで少し不機嫌そうだ。
「口滑って〈オランズ〉出身じゃねぇってバラしちった」
「ばかばか、あたしが昨日誤魔化したのに!」
「すまんすまん。でも大丈夫そうだぜ、この姉さんいい奴だわ。ただな、あんまり人に甘いと痛い目見るから気をつけるんだぜ?」
自分が口を滑らせたことを棚に上げて、ウィンク混じりに注意を受け、ハルカは半目になってヒエロを見返した。心の中がモヤッとしたのは、多分イラつきだったが、ハルカは小さくため息をついてそれを外へ逃す。
「冒険者として活動するのなら、もう少し冒険者について学んだ方がいいですよ」
「いやー……、舐められたら困ると思って人に聞けなかったんだよな。いろいろ教えてくれない?」
「どうやって七級になったんですか」
「それは言えないんだよな」
「……悪事に加担する気はありませんよ」
「悪いことはしないって、な、ジョゼ?」
「もちろん! ちゃんとルールは守るわよ」
ギルドを通さず依頼を受けておいてと思ったハルカだったが、確かにルール自体を知らなければ、守りようもない。
「何か面白い話?」
ハルカが思案していると、コリンがひょっこりと横から顔を出してくる。お金を毟り取られたのがトラウマになっているのか、途端に二人の表情が引き攣った。
「ええ、まぁ、冒険者についていろいろ教えてほしいと」
「どういうこと?」
「新人研修を受けていないんですって。ギルドを通さないで依頼を受けたのもそのせいかと」
「馬鹿ねー、アルでも受けたのに」
「ん? 呼んだか?」
モンタナと頭を突き合わせて、あーだこーだと戦いについての話をしていたはずのアルベルトが振り返って歩いてくる。何か行き詰まっていたのか、モンタナも立ち上がってすぐ傍までやってきていた。
コリンにしたのと同じように、二人にも事情を説明すると、アルベルトがニカっと笑う。
「よし、俺が教えてやる」
「「え」」
「なんか文句あっかよ?」
嫌そうに返事をした二人に脅しをかけて首を横に振らせると、アルベルトは真面目に冒険者についての話をし始めた。
アルベルトは座学が好きなわけではないのだが、冒険者のことに関しては意外とちゃんと覚えている。たまにモンタナやコリンが補足を入れてやれば、ちょっとした先生役はアルベルトで十分だった。
冒険者としての当たり前の知識を、二時間ほどかけて伝えきったアルベルトは、満足そうに腕を組んで最後に二人に言う。
「よし、じゃあ訓練な」
真面目な顔をして聞いていた二人は、一度それに頷きかけてから、互いに顔を見合わせた。
「訓練って?」
「訓練っつったら訓練だよ。二対一でいいぞ」
「ここでやる気なの?」
「おう、いつもモンタナと訓練してるぞ。お前ら武闘祭の出場者に勝ったんだろ? 実力見てやるよ。それともその立派な剣は飾りか?」
アルベルトが煽っても、二人は一向に乗ってこない。賢明な判断だろうなぁとハルカは思っていたが、だんだん不機嫌そうになるアルベルトを見て、コリンが口を挟んだ。
「勝ったら昨日もらったお金全部返してあげるわよ」
「よしやるぞジョゼ」
「ええヒエロ、二対一なんて舐められて黙っていられるもんですか」
「よっしゃ、やるぞ」
それぞれ得物を構えたのをみて、他はすぐに観戦態勢に入る。ちゃっかりヘボンも障壁の端に身を寄せているのが見えた。
「良かったんですか、コリン」
「なにがー?」
「お金のこと」
「アルが負けるわけないでしょー、大丈夫大丈夫。それに実力見ときたかったし」
「ですね。あの人たちふざけてるですけど、ちゃんと手に剣だこあるですから」
ハルカは自分のツルツルの掌を見つめて、うーんと首を傾げる。それなりに杖を振り回してきたつもりだったが、掌にタコらしきものは一切できていない。自分に縁のない話だから、二人の剣ダコには全然気がついていなかった。
「そういえば、コリンは昨日いくら支払ってもらったんですか?」
「んー、二人合わせて王国金貨二十枚と、普通の金貨十二枚」
「……貰いすぎでは?」
「目利きがうまくできないけど、二人が持ってる剣、それより高いでしょ、モン君」
「……拵えもいいですし、鞘だけでも結構すると思うです。お財布空っぽにしても、装備の方が多分高いです」
「そっかぁ、見誤ったなー。今度から装備関係はモン君に先に聞くことにしよ」
二人が平然と会話をし、その間もアルベルトが淡々と攻撃をいなし弾き返し続けている。
ハルカはコリン達の景気の良い話に頭がくらくらしそうだった。普段からコリンにお金の管理を任せていて、かなりの額が貯まっていることは理解しているのだが、自分では金貨を使ったことなどほとんどない。
思っていた以上に金持ちだったことがわかり、正体に頭を悩ませていると、イーストンが横でつぶやく。
「王国の剣術だね」
「はい?」
「あの二人の剣術、ちゃんと形ができてるよ。王国の兵士が使う型に近いね、って」
「やっぱそうかー。昨日見たお財布、王国の北の方の地域の特産品だもん」
「柄頭の紋章は、デザイア辺境伯領のドワーフのものです」
「じゃ、そこのお金持ちってことで決まりかしら?」
「あー……」
ハルカは特に意味のない言葉を発しながら頷いて、先ほど追及しなかったことの意味がほとんどないことを理解した。
アルベルトの大剣が閃き、スコンスコンといい音がして、二人の意識が綺麗に奪われる。
「ま、弱くはねぇか」
肩に大剣を担いだアルベルトが、気を失った二人を見下ろしてボソリと呟いた。