いつか
夜が更けてきた。
モンタナの頭の上に乗ったトーチが、いつもの通りお腹を光らせて虫を集め、舌を伸ばしてそれを捕まえている。いつも割と肩や頭に乗って過ごしていることが多いのだが、見たことの無い人間がいるとトーチはすぐに隠れてしまう。
今回も旅の道連れができてからは、顔を出さないで過ごしていた。
野生の獣も、中途半端な山賊も、ナギがいるのを見て近づいてくることはまずない。それでも襲撃をしてくるような輩は、余程頭が回らないか腕が立つかのどちらかだ。
ハルカ達はその万が一に備えて、今日の夜番の順番を決めていた。
客人であるヘボンとへっぽこ冒険者二人は、先に休ませている。眠っているかどうかは分からないけれど、小声で話している分には聞こえない程度の距離はとっている。
「順番はこれでいいとしてー……。モン君、あの人たちなんか気になる?」
「冒険者二人はともかく、ヘボンさんは何かを隠していることしかわからないです。本当のことを言わないで話してるけど、嘘はついてないって感じです。熟練の商人とか……、何か訓練を受けているとか、そんなタイプに見えるです」
「そういう人って、よくいるんですか?」
モンタナは静かに首を振る。
「あまり、見ないです。皆変だと思ってたみたいですけど、これからも警戒したほうがいいです。ヘボンさんの前でいろいろと話すのは控えるですよ」
「ふーん、戦えそうには見えねぇけどな」
「……戦えなくても、諜報員って可能性はあるよね。今もこっちの話を聞いてるかもしれないよ」
イーストンが流し目でヘボンのいる方を確認するが、それらしい反応は何もない。モンタナもそれに続いたが、すぐに視線を逸らして尻尾の毛を繕う。
「多分聞いてないです。あっちも僕たちが疑っていることに気付いてるですから」
「余計なこと言わなきゃいいんだろ。面倒な奴乗せちまったな」
「一応、向こうについたらヘボンさんがやってるって言った宿、探してみよっか」
全員で頷いてから、夜の番に決まっていたハルカとコリンだけがその場に残る。眠っているユーリはモンタナが抱っこして、そのまま一緒にお休みだ。
「さっきさぁ、私がご飯作ってるときユーリと何話してたの?」
「ああ、見ていたんですか。うーん……、ほら、ユーリが私のことをママと呼ぶでしょう。それで恋愛の邪魔をしているんじゃないか、みたいなこと考えていたみたいですよ」
「…………ユーリが?」
「ええ、多分」
「うーん……。賢い賢いって思ってたけど、賢すぎる気がするわよね、ユーリって」
「知るはずもないことを知っていますからね」
ハルカだけではなく、全員が同じことを思っていた。ちゃんと接していればいずれは誰しもが気がつくことだ。なにせ本当に言葉を話せない頃から見てきたのだから、自分達の知らないことをたくさん知っているのはどう考えてもおかしい。
二人は焚火を見つめながらしばらく黙っていたが、やがてハルカが先にぽつりと呟いた。
「それでも、ユーリはユーリなので」
「そうなんだけどね。何かあるならそのうち教えてくれるかも。モン君とたまにこそこそ話してるから、もしかして何か知ってるかもねー」
「え、そうなんですか?」
「ほら、こっそり身体強化教えてたのもモン君だし。……それより、ハルカ好きな人でもできたの?」
「はい?」
「ユーリが気にするってことは、そういう話じゃなかったの?」
「違います。ジョゼさんにユーリが私の子かと聞かれたので」
「あー、そっかぁ。確かに一緒にいるとそう見られるのかな? 種族が違うからわかりそうなものだけど」
「別にそう見られても構いませんよ。そんなことより、コリンこそアルとはどうなんですか?」
「どうなんですかって……。んー、まぁ、別になるようになりそうな気がするかなー。何、話聞きたいの?」
「……いえ、特には」
「なんだ、興味が出てきたのかと思ったのに」
上手くやり返せたかと思ったら、普通に話を続けられてしまい、ハルカは押し黙った。普段から浮ついた雰囲気があるわけではないけれど、仲良くしているのはハルカだって知っている。それが仲間としてなのか、恋愛としてなのかと考えると、よくわからないのが本音だった。
アルベルトは出会った時より随分と背が伸びて、大人らしい体つきになった。顔つきはやや険しい表情が多いが、笑えば少年らしさがまだ残っていて可愛らしい。経済力だってあるし、本人さえその気になれば、いつだって恋人の一人や二人作れそうだ。問題は冒険が大好きで、そちらに意識を割いていないというところなのだろうけれど。
コリンも背丈こそ変わらないけれど、余裕が出てきたのか、人に対する当たりが柔らかくなった。焚火に照らされた横顔なんかを不意に見ると、ちょっとドキッとするくらいに大人っぽい雰囲気を纏うこともある。アルベルトの冒険心に付き合えるというのも強いし、新たな出会いを探すわけでもない。
きっとお似合いの二人なのだろうと、ハルカは思っていた。まだまだ子供だと思っていた二人も、いつの間にかずいぶん大きくなって変わっていく。
一方でこの世界に来てから、自分の容姿には何の変化もない。最初から成人した女性の姿だったのでそれは仕方がないのだけれど、精神年齢に関して言えばやや退化すらしている気がしていた。
この身が人と違う寿命をしているのであれば、いつかはきっと自分だけが置いていかれる。仲間の成長を身近に感じて、ハルカは初めて、昔ノクトが言っていたことを理解できた気がした。
肩に軽い重みがかかって見てみると、コリンが頭を寄りかからせている。ハルカが寂しく思ったり、心細くなると、仲間たちは不思議とすぐに察してくれる。心の底がほんのり温かくむず痒かった。
「私そんなにわかりやすいですか?」
「んー、まぁ、なんとなく。顔は普通」
「そうですか、ありがとうございます」
ハルカは炎に赤く照らされたイヤーカフスを指先で撫でて、どこを見るでもなく視線を森の方へと彷徨わせた。