確認作業
街道の途中に野営できそうな広場を見つけて、少し離れたところにナギを着陸させる。他にもよさそうな場所は何か所かあったのだが、先客がいたので利用を控えたのだ。
ナギが降りるとどうしても先客を威圧して、下手をすれば場所を変えさせることにもなりかねない。切羽詰まっているわけでもなければ、他の冒険者に迷惑をかけるようなことをするつもりはなかった。
ナギが夕食を狩りに行くのにはモンタナがついていく。万が一他の冒険者に出会った時に戦闘にならないようにするための付き添いだ。
その間にコリンが手早く夕食の準備をする。
ヘボンは手を貸していたが、期待の新人冒険者二人はその辺から湿った小枝を集めてくるくらいのことしかしなかった。知識がその辺の町人と変わらないくらいしかないようで、これまでどうやって冒険者をしてきたのか疑問だ。
ハルカが煮炊き用でない方の焚火をユーリと二人で弄っていると、コリンとヘボンが話しているのが聞こえてくる。
「ヘボンさんってさー、プレイヌの人なんだっけ? 街で何かお勧めなものある?」
「竜と一緒にいる方に言うことではないですが、お金を払えば竜に乗れることが一番の売りですね。飛竜便の本部もあります。あとは遺跡があるので、遺跡に潜る冒険者が多く、飲み屋が発展してます。湖を遊覧したり、釣りをする人も多いですね。食事だと……、湖でとれる魚の料理がおいしいです」
「へぇ、ヘボンさんは何してる人?」
「冒険者向けの小さな宿屋をやってますよ。家族でやっているので、私がいなくてもなんとか回るんです。今回も妹から連絡が来たので、なら行ってこいと」
「帰りのお金計算しないと駄目じゃーん」
「それはそうなんですけどねぇ。つい妹に色々と買ってやりたくなってしまって……。〈オランズ〉に行くまで襲われたことがなかったので、油断をしてしまいました」
「ふーん。プレイヌにいったらヘボンさんのとこに泊まるのもありね」
「あ、いえいえいえ、皆さんくらいの立派な冒険者さんを泊められるような宿ではないんです! それに先ほどの大きな竜なんてとてもとても入りません」
「あー、そっか……。ナギが泊まれるようなとこあるかな?」
「飛竜便の関係者に聞けばあるいは。土地を広くとってますし、竜のことは詳しいでしょうから」
「じゃ、そうしよっかなー」
聞けば聞くほど疑いの気持ちが薄れていく。ハルカは神経を尖らせすぎなのかと、自分の直感を疑い始めていた。どうしたものかと考えていると、暇そうなジョゼに声をかけられる。声をかけると同時に隣の丸太に座ったジョゼは、ハルカのことを恐れている様子がない。
「ねぇねぇ、あなた何歳なの? っていうか、エルフよね? その子あなたの子?」
矢継ぎ早に質問されるのは得意でない。
最近若い子たちに慣れてきたと思っていたハルカだったが、どうも勘違いだったらしいと膝の上にいるユーリのつむじを見ながら思っていた。
「十八、いえ、この前十九になりましたね」
年齢を言うたびに嘘をついているような気分になるが、こう決めたのだから仕方がない。エルフが長命だというのなら、いっそ実年齢で通せばよかったと偶に思うのだけれど今更だ。
「年下じゃん! あたし二十一。若いのに子持ちなんだ」
「えーっと…………、まぁ、色々あるんです」
色々と説明をしようと思って文言を考え、結局適当にごまかすことにした。別に子持ちだと思われても何も支障はないし、彼女に事情を説明する義務もないと思ったのだ。
「ふぅん、あたしにも抱っこさせてよ」
「え」
ハルカは思わずすっと姿勢をずらして、ジョゼからユーリを隠してしまう。それからあまりに失礼だったかと思い元に戻ったが、ユーリを差し出す気にはなれなかった。
「……ジョゼさんはどちらのご出身ですか?」
「え、あ、あたしのことなんかどうでもいいじゃない」
あからさまに動揺を見せたジョゼは明らかに怪しい。ヘボンも変だがこの二人も変なのだ。七級冒険者なのに妙に知識がないし、お金をたくさん持っている。よく見てみれば装備も真新しく、それなりに値が張るものであるように思えた。
「〈オランズ〉の方ではないですよね? お会いしたことがありませんし」
「あー、うん、まぁね。最近来たのよ」
くるくると髪の毛を指に巻きながら答えたジョゼは、急に立ち上がってハルカから顔を逸らした。
「あー、あたしもご飯作るの手伝ってくる」
「はい、わかりました」
あそこまで怪しすぎるとかえって何かを企んで近づいてきたわけではないだろうと判断したハルカは、手元にあった薪を適当に焚火の中に放り入れた。
「聞かれたくないのかな」
「そうですね、秘密のことを聞くのは良くないですよね」
「ママは好きな人いる?」
急にそんなことを聞かれてハルカは返答に戸惑う。子供というのはとりとめのないものだとは思っていたが、まるで若い女の子のような質問だ。
「ユーリのことが好きですよ」
「んんー……」
一拍おいてから、恋愛関係の質問のはずがないと気がつき、そういう方向で考えていた自分が恥ずかしくなった。子供が好きかと聞いてきたら、それは自分が愛されているか心配になったときに決まっている。
ユーリの微妙な反応に、間をおいてしまったのが良くなかったかとハルカは反省した。
「そうじゃなくて、好きな人」
「ええっと……。アルとか、コリンとか、モンタナも好きですよ」
「ちがくて」
「違くて……?」
「一緒になりたい人いたら、僕いたら困る」
ハルカは目を見開いてから、ユーリの向きを変えて自分と対面させる。
勘違いして恥ずかしい、ではなく、最初の意図であっていたことがわかり、そんなことを考えさせてしまったのかと衝撃を受けた。
賢い子だとわかっていても、そんな考えにいたるのは思春期を越えてからだとばかり思っていた。
「ユーリ、そんなことは考えないでください。ユーリがいて困ったなんて一度もありません。私がそういった意味で人を好きになることは、恐らくありません。だから悲しいことは言わないでください」
悲しませるつもりで投げかけた質問ではなかった。思った以上にハルカが悲しそうな顔をしていて、ユーリは動揺する。質問に失敗して優しい人を困らせたことを反省しながら、慰めるつもりで手を伸ばしハルカの頬を撫でる。
『悲しいことを言うな』と言っているハルカの表情こそ悲しんでいるように見えた。
「好きな人できないの?」
「できません」
「そっか……、そっか」
愛情を確認するために言ったのか、それとも興味だったのか。ユーリ自身質問の意図は測りかねていたが、返ってきた答えには何か引っかかるものがあった。それが何なのか、わからないまま、ユーリはハルカを悲しませないために言葉を続けた。
「僕もハルカママのこと好き」
「はい、皆ユーリのことが好きですよ」
微笑んで抱きしめてもらうことは幸せだったので、ユーリはとりあえず、もやつく引っ掛かりのことを今は気にしないことにした。