願いましては
困っているのなら助けてあげようというのがハルカの感覚ではあったが、ヘボンに対しては多少の違和感を覚えていた。普通にしていれば気がつかない程度だったが、モンタナのやや硬い態度がハルカにそれを意識させる。
「プレイヌに用事があるのでナギ……、あちらの竜に乗っていくんですが、それで構いませんか?」
「もちろんそちらのご都合にあわせますが……、乗り慣れてなくて落ちたりしませんか?」
「それは、まぁ、大丈夫です」
障壁の魔法は見られてしまうことになる。しかし見られたからと言って何か対応できる類のものでもない。とりあえず余計な話はしないようにしようと思いながら、ヘボンをナギの上に案内していると、その後ろから何食わぬ顔をして二人の冒険者がついて来ている。
「いやぁ、竜なんて乗ったことがないわ」
「近くで見ると結構怖いよな。いや、怖くないけど」
そんなことを話しながら、障壁で作った階段をヘボンの後について登っていく。アルベルトが今にも剣を振り回しそうな目つきをして見下ろしているが、ナギの顔の方ばかり見ている二人はまるで気がついていない。
「……あの、お二人も〈プレイヌ〉へ?」
二人して「へへへ」と卑屈に笑いながらハルカの方を見る。
近くで見てみると、頬のそばかすや目鼻の形がそっくりだ。兄妹なのかもしれないなと思いながら返答を待っていると、そのまま笑いながら階段を上っていった。その上でアルベルトが仁王立ちをしていることにまだ気がついていない。
「お返事を伺っていませんが」
ハルカが再度尋ねると、二人は一緒に障壁の階段を降りてくる。
「まぁまぁ、そんな硬いこと言わないでくれよ?」
「そうだよ、美人なお姉さんさぁ、おねがぁい」
やけに距離が近い。
最近でこそ仲間たちと触れ合うことに慣れていたハルカだったが、元々はパーソナルスペースをかなり広くとるタイプだ。肩を組んでこようとする動きを察して一歩体を引いた。
意識せずに目つきがきつくなったハルカを見て失敗に気がついたのか、二人はまたへらへらと笑いながらもそれ以上距離は詰めてこなかった。
「ほら、俺たちヘボンさんの護衛だし」
「空を行くのでそれほど危険は無いと思いますが」
「いやぁ、一応何事もなければ〈プレイヌ〉まで一緒に行くはずだったしぃ?」
「先ほど逃げたでしょう」
別にどうしても〈プレイヌ〉に行きたいのであれば、ハルカにしても拒む理由もそれほどない。この曖昧な態度や、物事を有耶無耶にしてしまおうとする姿勢が嫌だった。
だからでもでもと繰り返す二人の後ろから、剣を抜いたアルベルトが近づいてきていることを、ハルカもあえて告げたりしないし、止めもしなかった。
二人の首の間から音もなく突き出された大剣の切っ先がハルカの目の前で止まる。ハルカとしてもややドキドキはしていたが、アルベルトが手元を狂わせるとも思っていなかったので、身動ぎせずに瞬きだけをするにとどめた。
一拍遅れて左右に大げさに倒れ込んだ二人を見下ろしてため息をつく。
「次適当なこと言ったらマジで殺す。ハルカの聞いてることにちゃんと答えろ」
「……あのですね、なんで一緒に来たいんですか?」
何度も頷く二人を確認してから、ハルカはもう一度最初から尋ねた。
「だって! 今から〈オランズ〉に戻ったら盗賊に襲われるかもしれないじゃん!」
「〈オランズ〉は俺たちに合わなかったんだよ! 碌な仕事まわってこないし。でも〈プレイヌ〉に行けば違う!」
「……おいて行こうぜ」
アルベルトの言葉に同意しかけたハルカだったが、ゆっくりと首を振ってそれを否定した。
「……気持ちは分かりますが、このままほっとくと本当に死にそうです。見殺しにしたと思うと私が気になってしまうので、申し訳ないですが連れていってもいいですか?」
「ったく、しょーがねぇなぁ……」
ガリガリと頭をかいて戻っていくアルベルト。
途端に元気になる二人。
「いやぁ、まじ感謝」
「プレイヌで一旗あげたら飯でも奢るぜ」
死んでしまうと寝覚めは悪いが、だからと言ってこの二人の態度を許容するつもりは流石のハルカにもなかった。
「奢っていただかなくても結構です。連れては行きますが、空にいる間に余計なことばかり言うようでしたらその場で放り出します。よく心得てついてきてください」
「またまた、そんな冗談」
「……冗談だと思うのなら、試してみてもいいですよ」
ハルカは振り向きざまに努めて冷たくそう言って、先にナギの上に登った。
後ろにいる二人がぴたりと静かになったので、たまにはこういう交渉の仕方も必要なのかなと、ハルカは気が進まないながらも思っていた。
長い首をぐるりとまげてハルカ達の方を見たナギに頷いてやると、翼を広げてその巨体がゆっくりと空に浮き上がる。障壁の中はさほど振動しなかったが、しかし確実に地面からの距離が遠くなっていく。
「ハルカさんは、甘いよねぇ」
先頭に立って進行先を見ていると、イーストンが横に並んで声をかけてくる。
「……イースさんだったら、ほっといたら死んじゃいそうな人をどうします?」
「……まぁ、僕もあまり人のことは言えないけど」
「そうでしょう? それにいいんです。私が甘い分、皆もちゃんと考えてくれてますから、ほら」
ニコニコ笑顔で冒険者二人組に近づいていくコリンは、静かに座っている前にしゃがんで話しかける。
「ねぇ、いくら払える?」
「いくらって、何がよ?」
「何がって、竜に乗ってプレイヌに行くんだから、お金は払うわよね?」
「は!? そ、そんな話はしてないぞ」
「あ、そうなんだ。じゃ、降りていいわよ」
真横を指さしたコリンの指先は、ゆっくりと地面に向けて示す先を変える。
二人は顔を青くして荷物をまさぐった。
「い、いくら払えばいいんだよ」
「全部見せなさいよ」
「ぜ、全部!?」
「とりあえず金目のものあるだけ出しなさいって言ってるの」
「そんな無茶苦茶なこと許されるわけ……」
チラリと視線を下界に向けたコリンを見て、文句を言っていた二人は慌てて財布を放り出した。じゃりっと音がしたそれを拾ったコリンはニコーっとご機嫌になった。
「わぁ、装備からしてお金持ってそうと思ってたけど、予想よりたくさん持ってるわね!」
中身の八割方を自分の袋に移したコリンは、随分と軽くなった財布を二人に突っ返した。
「はい、半分返してあげる」
「ど、どこが半分なんだよ!?」
「あら、装飾品とか装備とかを貰ったほうが良ければそっちと代えてあげるけど」
「はぁ?」
「あなた達の命以外の全財産の半分、料金としてもらっとくわね。それとも今から降りて賊がうようよいる道を帰る? それならここで下ろして試乗分だけ貰って、後は返してあげる」
二人は顔を見合わせて小さな声で相談をしてから、諦めて財布を荷物の中にしまった。
「ぼったくりだ……」
呟いたヒエロに、コリンが笑顔のまま返答する。
「特級冒険者パーティの護衛で、大型飛竜に乗ったのよ? 一級冒険者の平均護衛料金、知ってる? 飛竜便の値段は? 本当はその両方掛け合わせたより高くなるけど、急な話だったから全財産の半分で許してあげるって言ってるんだけど、何か不満がある? 降りる? いいわよ、早く降りなさいよ。はい、お金」
「プレイヌまで連れてってください……」
「……ごめんなさい」
すっかり元気のなくなった二人を見て、イーストンは目を細めて誰に言うでもなく呟いた。
「まぁ、いいバランスかもね」