旅は道連れ
男は腰をさすりながら立ち上がると、人の良さそうな笑みを浮かべて礼を述べる。
「わざわざ、その、助けに降りてきてくださってありがとうございます」
これといった外見的特徴もない男で、外見年齢は三十代半ば程度に見える。しきりにナギの方へ目を泳がせているのは、きっと恐ろしいからなのだろうとハルカは思った。
街を歩いている時に向けられる目と同じような感じだ。しばらく一緒に過ごせば、恐れる必要はないことがわかるのだが、初めて見た時、その大きさに圧倒されるのは仕方がない。
「ただその、心苦しいのですが、生憎持ち合わせがなくてですね……」
「あぁ、お気になさらずに。上から見えたので立ち寄っただけです。無事で何よりでした」
ハルカの言葉に男はホッとして胸を撫で下ろす。するとしばらく訝しげに男の様子を観察していたコリンが尋ねた。
「商人でも冒険者でもなさそうだけど、街の外で何してたの?」
「ああ、妹が〈オランズ〉に住んでおりまして、出産祝いに顔を出した帰りなのです」
「だったらもっとちゃんとした護衛雇ったほうがいいわよ。襲われて逃げ出すような冒険者なんてさー」
「ははは、いやぁ、本当に考えが甘かった。こちらに来るときは大丈夫だったもので、油断してしまいました。妹夫婦への祝いを奮発したら帰りに冒険者に払う金が足りなくなってしまいまして……」
「……まあいいけど。とりあえず逃げた奴ら捕まえに行ってるから、そのうち戻ってくるよ」
「あ、ああ、反対側に降りていった方々はそれでしたか。なんだか皆さんにも、逃げていった冒険者の方にも申し訳なく……」
「何言ってんのよ、逃げた奴が悪いに決まってるでしょ」
「あ、いや、それがまた、そうでもなくてでして」
曖昧な物言いをする男に、さらにコリンが何かを言おうとした時、ナギの後ろから叫び声がする。
「おい、ヘボンさん! あんたからもなんとか言ってくれよ、なぁ! 逃げていいってのも契約のうちだって言ってんのに信じてくれねぇんだよ」
「そんな契約あるわけねぇだろ、バカにすんな」
後ろからアルベルトが蹴りを入れると、男がよろめきながら必死で言い訳を繰り返す。
「嘘じゃねぇんだってば!」
「そう、本当にそういう契約なんだから!」
男に続いて一緒にいた女も高い声で喚く。
嘘をついているようには見えないが、腕を組んだアルベルトがぎろりと睨み返しただけで、二人は喚くのをすぐにやめた。
どちらの顔も同じくらい赤く腫れているのを見ると、アルベルトは男女によって加減を変えるようなタイプではないらしい。
「僕はよく知らないけどさ、冒険者ってそんな契約することあるの?」
「普通ないです」
イーストンの疑問に、モンタナがヘボンと呼ばれた男を見つめたまま返事をする。
「だからもし本当なら、ギルドを通さないで依頼してるです。違うですか?」
「あ、はい、その通りで。ご迷惑をお掛けして大変申し訳なく……」
ヘボンが頭を下げた瞬間に、冒険者二人がまた騒ぎ始める。
「ほらほらほら、だから言ったじゃん! あたしら悪くないって言ってんのに殴られたんだけど!」
「そうだそうだ! ざけんなよ、全く許せねぇよなぁ!」
「ふーん、悪かったな」
「悪かったなで済ませるつもりかよ! ちょっと強いからって調子に乗ってるんじゃないの!?」
「悪いと思ってんなら謝罪じゃなくて治療費もらわないとさぁ!」
「……うるせぇな。冒険者のくせに依頼人置いて逃げるほうが悪いだろ」
「はぁ? 論点すり替えて逃げようとしてませんかぁ?」
「若い奴にはわかんないかもしれねぇけどさぁ、大人にはごめんで済まない時もあんだよな」
際限なく調子に乗っていく冒険者に、そろそろ仲裁に入ろうと思ったハルカだったが、その前にアルベルトが剣を抜いていた。
口ばかり達者な冒険者二人がそれに反応できるわけもなく、気がついた時には二人の間に大剣が振り下ろされ、地面に大きな亀裂を作っていた。
「ごめんですまねぇとなんなんだよ?」
「……素直なのって大事ね」
「……大人になってもそういう心を忘れちゃいけねぇよな」
「おう」
ややアルベルトの方が悪いと思っていたハルカだったが、それを言うとまた二人がマシンガントークを始めそうだと思い、口に出すことを控えた。
最近ではすっかり大人になってきたのと、レジーナが傍にいるおかげで気が長いように見えていたが、そういえばアルベルトは昔からこんな感じであったことをハルカは思い出していた。
「でー、どうするの? ハルカはこの人のことプレイヌまで送っていく気?」
「そうですねー……、ここで見捨てるとまた襲われて今度こそ助かりそうにないですし……」
「こいつらにちゃんと護衛させればいいだろ」
心配するハルカに対して、アルベルトはバッサリと切り捨てた。しかし冒険者二人組は顔の前で手を振ってそれを否定する。
「いや、無理。あんなにすぐ賊が出るなんて知らなかったし。今更護衛とかやっぱ無理」
「腕には自信があったんだけどなぁ、やっぱり数がいるときついよなぁ」
ふざけたことを言いはじめた二人に対して、アルベルトは額に青筋を立てて尋ねる。
「お前ら名前なんだ」
「あたしはジョゼ」
「俺はヒエロ。〈オランズ〉の新人期待の星とは俺たちのことだぜ」
「新人? 何級だよ」
「あっはー、聞いて驚け、なんと七級よ!」
「七級が遠征依頼受けてんじゃねぇよ」
「いやいや、実力は二級くらいあるんだぜ。なんたって俺たち、武闘祭のトーナメントで準決勝まで行ったやつに勝ったことがあるからな」
「……嘘つくな、ぶっ殺すぞ」
自分が出場した時のことを思い出したのか、アルベルトがまた剣を抜くと、途端に二人はしおらしくなりぺこぺこと頭を下げる。
見ていて少し面白くなってしまい、ハルカは黙っていたが、キリがないことに気が付き話を進めることにした。
「コリンとモンタナはどう思います?」
「送るくらいならいいです」
少し固い返事を返したのはモンタナだった。
ヘボンという男が気に食わないのか、あまり乗り気ではなさそうだ。珍しいなと思いつつもハルカはコリンの返答を待つ。
「んんー、ヘボンさん、プレイヌの人なんだよね?」
「ええ、はいはい、そうですね。というか、別に私このままなんとか自力で帰りますので、皆さんお気になさらずにお進みください。支払いも難しいですし……」
「えー、それ自殺行為だよ。……じゃあさ、プレイヌに戻ったら街の案内してよ。おいしい料理屋さんとか教えてくれたらそれでいいから」
「コリン、なんか甘いです」
モンタナがコリンの方を見て呟くと、コリンは苦笑して答える。
「えー、どうせハルカが護衛するって言うと思うし、それなら前向きにって思って」
「……確かにそれはそうです」
「え、あー……、確かに言うと思いますが、ちゃんとみんなの意見も聞きますよ?」
「どうかなー? モンくんも私も、ハルカにお願いされたらいいよーって言っちゃうしなー。ってわけでヘボンさん、それで送っていくけど、どう?」
ヘボンはそれでもしばらくの間考えていたが、やがて深く頭を下げた。
「それでは、どうかよろしくお願いいたします。到着したらきっとご満足いただける店にご案内致しますので」