眼下にご注意ください
ナギはいつも、ユーリとセットで動いている節がある。ハルカ達が今日また出かけることもわかっていたし、それにユーリがついて行くらしいこともわかっていた。
兄貴分であるトーチはモンタナが出かけるときは当然のように同行しているから、自分も当然一緒に出掛けるのだろうと思って、朝一番からおいてかれないようにちゃんと準備をして待っていた。
みんなが慌ただしく準備をし始めたのを、じーっと眺めて、出発しそうな気配を感じたところでのしのしとその横に歩いていく。
群れのリーダーであるハルカが、自分の方を見て声をかけてくる。
「あ、ナギも一緒に行きたいんですか?」
「がう」
ハルカは困った顔をしていたが、きっとなんだかんだ言ってちゃんと連れていってくれるのだろうと信じて、ナギは大人しく次の言葉を待っていた。
「連れていってあげてもいいんですが、目立つんですよねぇ」
「ハルカがいる時点で今更だろ」
「ナギほどではないでしょう?」
「あんまり変わんないです」
「あ、そうですか……。そうすると、街を歩く時にどこで待っていてもらうか、くらいの話になりますね」
男連中にあっさりと言い負かされたハルカは、若干納得いかないながらもそれを認める。そうすると気にしなければいけないのは〈オランズ〉の街同様、街の中に入ったとき、あるいは泊まるときにどうするかだ。
「プレイヌは大竜峰の裏手にありますからぁ、他の街より竜に寛容なはずですねぇ。特級冒険者が大丈夫って太鼓判を押せば、街に入れてくれますよ、多分」
特級冒険者という事実を前面に出すことをよしとしないハルカとしては気が進まない案だ。しかし大人しく地面に伏せて待っているナギと目が合うと、その気持ちがぐらりと揺れる。
「ハルカさんは嫌かもしれませんけどぉ、身分を周りにわからせていくことは不要なトラブルを避けることにもつながりますよぉ。あとは空を飛べるっていう能力を人に知られないために、ナギを上手く使うというのも一つの手かもしれませんねぇ」
「えーっと、では、一緒に行きましょうか」
やけにナギの肩を持つノクトに背中を押されて、ハルカはナギを連れていくことに決めた。頭を撫でてやると、尻尾がゆっくりと振られ、地面をざりざりと擦り音を立てる。
プレイヌに行ったことのあるシュオは『こんなでかい竜は街で見たことねぇよ、馬鹿垂れめ』と思っていた。
しかし昨晩お酒を飲んだ際に、余計な口を挟んだことについてノクトに散々文句を言われていたので、今回は何も言わず黙っていた。治療で痛い目に遭わされたことがあるので、ノクトのことはあまり怒らせたくないのだ。
「それじゃあ、今回は皆でナギに乗せてもらいましょうかね」
ナギの上に全員が乗れるような障壁の籠を作り、順番に乗り込んでいく。ナギもすっかり大きくなって、少し前の時のように重量を気にすることはなくなった。ある程度成長しきって、自分で狩りもするようになり、仲間を運ぶのが自分の仕事という意識が芽生えてきていた。
「ナギ、よろしく」
全員が乗り込みユーリが声をかけると、ナギは翼を広げてゆっくりと空に飛びあがる。見送りの場にはレジーナの姿が見えなかったが、段々と地面が遠くなった頃、少し離れた場所で空を見上げているのをハルカは見つけた。
一応見送りをする気はあったらしいことに気がついて、ハルカは仲間たちにばれないようにこっそり笑った。仲間たちは見送りがないことを気にしたりしないが、こっそりと見送っていたことがばれたらレジーナが嫌がるんじゃないかと思った。
ナギに乗って空を飛んでいると、方向をいつもほど気にしなくていいので、ハルカは手が空く。自分が障壁を操作していると案外気を使うのだ。
正面以外の景色を見られるというのもいいものだ。眼下の景色をぼーっと眺めていると、集団に追われている人の姿を見つけてしまった。まだ〈オランズ〉から徒歩だと二日程度の距離だというのに物騒なことだ。
「ナギ、ナギ、あそこに降りてください」
見つけてしまって無視することなどハルカにできるはずもなく、慌てた声に仲間たちも集まってきて下を覗いた。
「わ、襲われてる。商人……かな?」
「護衛いねぇけど」
「いるですよ、ほら、先に逃げてるです」
「ひどいね」
モンタナの指さす方を見ると、若い冒険者らしき人影が我先に逃げ出していく姿が見えた。依頼人を置いて逃げる等、冒険者としては絶対にやってはいけないことだ。この件がばれれば、彼らはこれからきっと冒険者としての資格をはく奪される。そうなれば【独立商業都市国家プレイヌ】で生きていくことは難しくなるだろう。
ナギがゆっくりと円を描きながら高度を下げていくと、彼らの頭上を大きな影が繰り返し通り過ぎる。数度目の時に異変を感じて見上げた男が、空を指さして何やら大きな声を上げた。
追いすがる賊全員が空を見上げると、直後蜘蛛の子を散らすようにあちこちに逃げていってしまった。
後方の異変に気がついた商人らしき男は、ようやく空を見上げてナギの姿に気がつく。賊からはきちんと逃げていたのに、竜の姿には流石に肝を冷やしたらしく、その場にぺたんと座り込んで口をあんぐりと開けてしまった。
ナギがその男と逃げていった冒険者の間に降りると、アルベルトが障壁から飛び出した。
「あいつら追いかけてぶん殴ってくる」
どうやら冒険者としての仕事に誇りを持っているアルベルトは、逃げ出した冒険者たちのことが許せなかったらしい。仲間たちの意見も聞かず走り出すと、あっという間にその姿が小さくなっていった。
「あー……、一応やりすぎないように見てくるよ」
やる気のなさそうな表情をしながらも、イーストンが小走りでその後を追う。追いついたころにはもう手遅れになっていそうだが、こういう気がまわるところはイーストンのいい所だ。
二人を見送ってハルカ達はナギから降りると、腰を抜かした男に向かって声をかける。
「追われていたようですが、怪我はないですか?」
男は目を泳がせながら、こくこくと黙って頷いた。





