すぐに報連相
フロスを拠点に置くことにした次の日、ハルカはコリンとユーリを連れて〈オランズ〉の街に来ていた。
ユーリを抱き上げたまま歩いているハルカはどこか浮かない顔だ。パッと見る限りいつもと変わらないようにも見えるのだが、コリンやユーリにはそれが手に取るようにわかる。
どんな時でも大概ハルカの味方をするユーリだったが、今回はその横顔を見ながら黙り込んでいた。
冒険者ギルドに辿り着く前に、コリンが足を止めてハルカと向き合う。
「あのねぇ、ハルカ。そんなに切ない顔したって今回はちゃんと報告するからね」
「いえ、確かにしなければいけないとは私も思っていますから……」
「じゃあその置いてかれた子供みたいな雰囲気出すのやめなさいよ。いじめてるみたいな気分になるでしょ!」
「いえ、全然そんな顔をしたつもりはないんですが……」
「ママ、いいこいいこ」
ユーリに後頭部を撫でられながらハルカは困惑して返答する。気が進まない、嫌だなぁと思っていたけれど、いい加減誤魔化すわけにはいかないとハルカも思っていた。
頬を撫でてみるが、表情はいつもとそう変わっているとは思えない。
リザードマンの王、ということにされてしまってから早一月。なんだかんだギルドへの報告を先延ばしにしたままでいたのを、フロスの件のついでとして、今回ついに報告することになったのだ。
どちらの報告がおまけなのか判ったものではない。
空いていた受付で支部長に用事があると告げると、待たされることなく部屋まで案内される。特級冒険者ともなれば順番待ちをすることなどまずなくなる。
とはいえハルカが一人で来て受付が混んでいたら、黙って列に並ぶのだろうけれども。
支部長室とプレートのかかった部屋の扉をノックすると、中から聞き覚えのある声がして入室を許可される。丈夫な扉を開けて中へ入ると、机には書類の山ができており、肝心の人物が隠れてしまっていた。
筆の動く音がやみ、その影から現れたのは支部長であるイーサンではなく、その補佐をしているはずのラルフだった。
目の下にクマができており、以前より少しやつれた印象を受ける。
「あれ、ラルフさん。どうしたんですか?」
「いやぁ……、いろいろありまして」
「支部長はどこ行っちゃったの?」
「ははは……、どこ行ったんでしょうね」
ラルフは、コリンの質問に乾いた笑いを漏らしてから投げやりに返事をして、ソファに腰を下ろした。今にもくっついてしまいそうな上下の瞼を見て、ハルカは疲労の限界を悟り、近づいて治癒魔法をかける。
「あの、大丈夫ですか?」
「……これは、魔法ですか? すみません、ご迷惑おかけして」
「いえいえ、とんでもないです」
仕事が忙しそうなところにさらに面倒ごとを持ってきたのだ。礼を言われるようなことは何もない。ハルカは心の中で謝罪をしながら対面に腰を下ろした。
「実は二十日ほど前から支部長は全権を私に委任して失踪しました。私の身分は補佐のままですが、どうやら支部長の給料全てが私に支払われるようになっています。残っていた資料に、首都プレイヌで神人時代の古代図書館が見つかったというものがありました。どうしても我慢できなくなったんでしょうね」
「仕事、いっぱい残していったんですか?」
ちらりと机の上を見てからハルカが尋ねると、ラルフは力無く首を振った。
「いいえ、あれはすべて今月に入ってからのものです。単純に私と支部長の仕事の処理速度が違いすぎて溜まってしまっているだけです。……一人でやる仕事量じゃないんですよ。そうだ、二人とも一時的にここで働きませんか? 書類仕事が得意だと聞いたことがありますけど」
「それ冒険者が見ていいものなんですか?」
「……一級特級冒険者なら許されるんじゃないかと」
「はーい、こっちはこっちで用事があるので、勧誘はそこまでにしてくださーい」
「お給料いっぱい出しますけど」
「…………ちょっと考えてみる。じゃなくて、用事用事。はい、ハルカどうぞ」
現地に行った人間、それも当事者なのだからハルカが報告するのは当然のことだ。山のような書類をもう一度横目で見てから、ハルカは諦めて話し始めた。
「余計なお時間を使わせては悪いので率直に述べます。ひと月ほど前にリザードマンの里へ顔を出しました。理由は、あちらの若者が拠点付近を興味本位で覗きに来たからです」
「なるほど。報告がなかったということは、緊急の話ではなさそうですね」
「ええ、話はついて、こちらの要求が通り、リザードマンの国が全面的にこちらとの協力体制をとってくれることになりました」
「そうですか。その話は支部長もご存知のはずなので、これからもハルカさん達のほうでこっそりと対応いただけると助かります。それにしてもずいぶん友好的ですね。先日のリザードマンはそれほど地位が高かったんですか?」
「ええ、まあ、大体そんな感じで……。それじゃあ次の報告をしますね」
「……ハルカ、肝心なこと言ってなくない?」
コリンの言葉に黙りこくったハルカを見て、ラルフは控えめに提案する。
「言いにくいことなら結構ですが、重要事項でしたら聞いておきたいかなと……」
「……その。一時的にリザードマンの国に地位を得まして」
「えーっと……、親善大使とか、そういうのですか?」
「ちょっと違うんですが、はい」
隠すほどのことでもないのではとラルフが首を傾げたところで、コリンが痺れを切らして口を挟んだ。
「ハルカが王様になったの。だから何も心配しなくていいってことで、次の話するわね」
「へぇ、王様……。……なんでその時すぐ報告してくれなかったんですか? 一ヶ月前ならまだ支部長がいたのに……」
「……すみません」
「ラルフさん、次の話したいんだけどー?」
頭を抱えたラルフと体を小さくしたハルカを気にせずに、コリンだけが飄々とした顔で話を続けようとしていた。
またユーリは、明らかにハルカが報告を渋ったのが悪いと理解しながらも、慰めるようにその背中を優しく撫でてやるのだった。