はぐれ者
公爵領から〈オランズ〉ひいては【独立商業都市国家プレイヌ】に向けて、明確に喧嘩を売られているのが分かるのだけど、だからと言ってどう行動するべきか悩んでしまう。
証拠はあっても表に出せない話も多いし、国として動くとなると大戦争になりかねない。だからと言って泣き寝入りをすると、ここからさらに何かを仕掛けられる可能性がある。
「あのぉ、お食事、どうしたらいいですか?」
そんなことをハルカが考えていると、サラが建物の陰からひょっこりと顔を出して尋ねてくる。そういえば昼食を食べようというタイミングで中型飛竜が現れたのだった。
「食事にしましょうか。何もせずに考えていても仕方ありませんし」
「よし、飯だ」
ずっと壁に寄りかかって黙っていたレジーナがいの一番にその場を後にした。レジーナにとってはフロスの件はあまり興味のない話題だったのだろう。確かに直接強さにつながるような話は何もない。
「アル、フロスさんに着替えを貸してもらえませんか?」
「別にいいぜ、ちょっと待ってろ」
「フロスさんは川で服を洗って着替えてください」
「え、はい……」
アルベルトはフロスを一瞬睨んでからハルカに提案する。
「んじゃ服とってきたら見張っとく」
「十分反省しているみたいだし大丈夫でしょう。着替えたら一緒に食事をしてこれからのことを考えましょう。フロスさんも公爵領では立場がないでしょうし」
そう言って立ち去ったハルカに、フロスはその場でしばらく呆然と立ち尽くす。結局拘束もされなければ、拷問まがいの尋問もされなかった。それどころか替えの服を用意しようとしてくれている。
下っ端の兵士として酷い扱いを受けて、仲間と愚痴を言いあうことばかりになっていたフロスにとって理解しがたい状況だった。
逃げ出してしまったほうがいいのかと思いながら、川で体を洗っていると、アルベルトが戻ってきて服を川岸に置いた。
「おい、お前、逃げるなよ」
考えていたことを当てられた気がして少し動揺しながらも、苦笑しながら返事をする。
「逃げられませんよ、竜もいるし、一人で深い森を越える力もありません。逃げたらどんな目に合わされるかもわかりませんし……」
恐ろしいエルフのことを思い浮かべながら乾いた笑いを漏らす。顔を上げると、アルベルトはあまり機嫌がよくなさそうに見えた。
「お前がどう思ってるかしらねぇけどなぁ、…………まぁいい。とにかく逃げんな。ハルカはやらねぇけど、俺はお前が逃げたら殺す」
ハルカが恐れられていることは冒険者として悪いことではなかったが、変に悪く見られているのはアルベルトにとってあまり気分のいいものではなかった。
アルベルトが忠告をしたのも、逃げないだろうと踏んで自由にさせているのに、もし逃げ出されたりしたら、ハルカが怒るより先に悲しむからだ。フロスのことなんかどうでもよかった。
お人好しのハルカが落ち込んでいる姿は、あまり見たくない。
「マジで逃げたら、情報聞きだした後細切れにしてナギの餌にするからな」
アルベルトは、またナギが聞いたら嫌がりそうな脅しをしてからその場を立ち去った。
残されたフロスは川で服を濯ぎながら、ハルカ達冒険者の関係性を羨ましく思っていた。公爵領では隊の仲間がたくさんいたけど、結局みんな自分のことばかり考えていたからだ。
心を許せる相手はいなかったし、本音を聞いてくれるのは家で育てている植物だけだった。
こんな状況になってしまっては、ハルカの言う通りのこのこと故郷に帰ることもできない。それどころか生きていることが露見すれば、指名手配されてもおかしくなかった。
これからのことを考えるとため息しか出ない。
聞いた話では手前の森には魔物がたくさんいて、この辺りは不毛の地だったはずだ。アンデッドがいるという話も聞いていた。
なのに来てみたらどうだ。この開けた地には川が流れ草花で賑わい始めている。立派な家が建てられているし、あちこちで大工が働いているのも見える。
使い捨てである自分に課された任務である。フロス本人も安全に終えることができるとは端から思っていなかった。
それでもまさか、大型飛竜に襲われ、挙句の果てに世界で一番恐ろしいと思っていたエルフと再会するとまでは思っていなかった。
フロスは洗った服を絞って、体の水気を払う。一枚一枚服を地面に広げると、先ほどアルベルトがもってきた服に袖を通した。
とぼとぼと歩いて良い香りのする方へ向かうと、ハルカ達が食事を始めているのが目に入った。パンを炙りながら、肉と野菜を挟んで食べている。底の深い器には乳白色のスープが湯気を立てているのが見えた。
フロスの喉がごくりとなる。中型飛竜で飛んでくる途中、森の中で休んだりしたことはあったが、火を起こすことも躊躇われて、干した肉くらいしか食べていない。
アルベルトはフロスのことをじろりと睨んだが、何も言わずに食事を再開した。無意識に腹を撫でていると、気づいたハルカに声をかけられる。
「どうぞ、フロスさんの分もありますから」
ハルカの指さした誰も座っていない丸太の上には器とパンが乗せられている。背中におっかない金棒を背負った目つきの悪いレジーナと、先ほど逃げたら殺すと宣言したアルベルトの間という、絶妙に恐ろしいポジションではあったが、フロスは恐る恐る前に進んで器を手に取った。
先ほど痛い目に合わなかったという事実と、ハルカ達の関係を羨ましいと思った心が、フロスにほんの少し勇気を与えているようだった。





