見覚えのある
三人で並んで歩きながらハルカは中型飛竜の去っていった先を見つめる。
今更ながら、あの中型飛竜は捕まえておくべきではなかったかと考えていた。
竜というのは、卵の頃から育てないということを聞かない。だとすれば逃げていった飛竜も、一匹で自分の家へ帰っていった可能性が高い。騎乗者がいないのだから、何かあっただろうことは一目瞭然だ。
まぁ言葉を話せるわけでもなし、持ち帰れる情報はほんの僅かだろうと、ハルカは考えるのをやめる。
「それにしても、随分と対応が早かったですね」
ナギ越しに話しかけると、姿が見えないアルベルトから返事が戻ってくる。
「おう、こういうこともあろうかと、たまにナギと訓練してたんだよ。緊急発進訓練。なー、ナギ」
「グルル」と喉を鳴らすような音を立ててナギが返事をすると、アルベルトがその身体を手のひらで叩き得意げに言う。
「ま、こいつも俺を乗せるのが一番楽しいんじゃねぇかな」
確かにたまにナギに乗って空を飛んでいる姿を目撃したことがあった。
しかしいつの間にそんなに仲が良くなったのだろうかと首を傾げていると、ナギが首を曲げてアルベルトの方に向ける。
「あ、こら、てめ。髪引っ張るな」
少し前に出て覗いてみると、ナギがアルベルトの髪の毛を食んでいる。引っ張ってはないが涎がたくさんついていた。ハルカが見ているのに気づくとナギは首を戻してハルカに顔を擦りつける。
「仲良し……、なんですかね?」
主従というよりは、友達という感じなのだろう。髪の毛を涎だらけにしたのは、多分アルベルトの言葉に対する抗議だ。ついでにハルカの機嫌を取りに来たところが、ナギの発達した知性を感じさせる。
仲が良いならまぁいいかと、ハルカはもう一度ナギの頭を撫でてやってから、拠点へと足を早めた。
「そういうわけで捕まえました」
アルベルトが川で頭を洗っている間に、仲間のもとへ戻ったハルカは、その真ん中で障壁を解除する。意識が戻っていないのだろう、逃げ出す素振りはない。
ノクトが胸に縫い付けられた紋章を確認して頷く。
「あぁ、公爵領の兵士ですねぇ」
「やっぱりそうですか。ということはアンデッドの件もそちらの仕業ですか」
「恐らくそうでしょうねぇ。北方大陸に混乱を起こすために、いよいよ手段を選ばなくなってきましたかぁ」
ハルカ達がそれぞれどうしたものか考え込んでいると、ユーリが兵士の顔を覗いて声を上げた。
「この人、見たことある」
「え、ということは、公爵領ではなく帝国の……?」
「ううん、ナギを見つけたところで待ってたときに来た人だよ」
ユーリの話を信じるのならば、ノクトを捕まえるために集団で来た者達の一人だ。戻ってきたアルベルトも合わせて、全員でその顔を覗き込むと、わずかに表情が引き攣ったように見えた。
「狸寝入りしてるです」
モンタナの一言に、兵士がうっすらと目を開ける。
そしてハルカの顔を見た瞬間に、跳ね上がるようにして起きて、そのまま地面に額を擦りつけた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 何もしていません、約束は守っています殺さないでください! もう獣人のことは追いかけてません、本当です!! こんなところにいると思わなかったんです嘘じゃないんです!」
そういえば散々脅して追い返したことをハルカは思い出した。怯えすぎてて会話が成り立たないくらいになってしまっている。この広い北方大陸で二度も出会うなんて縁があるのかもしれないと思いながら、ハルカはしゃがみ込んで声をかけた。
「話がしたいので顔を上げてもらえますか?」
「ひゃい!!! すみません」
びしっと姿勢よく固まった男は、冷や汗をだらだらと流しながら瞬きすらしない。ハルカが話すとまともな会話にならなさそうだ。
「あの、誰か代わってもらえます?」
「僕がやるよ。あの辺のこと結構詳しいし」
名乗り出たのはイーストンだった。事情は知っているし、一番冷静に話を進めてくれそうだ。ハルカは一歩下がって場所を譲る。
「君はマグナス公爵領の兵士だよね? 名前は?」
兵士はハルカから視線を外さずに、緊張した面持ちで答える。
「はい、その通りです。名前はフロスといいます!」
「今回は何のために来たの?」
「はっ! 【独立商業都市国家プレイヌ】の〈オランズ〉及び、その先の森林地帯と空白地帯の現状を確認するよう言いつかって参りました」
「なんでかな?」
「知らされておりません!」
「じゃあ何を報告しろと言われたの?」
「見たままに報告せよと!」
イーストンは眉を顰めて考える。
「君、竜騎士だよね? それなりの身分がある相手に、そんな曖昧な指示を出すと思えないんだけど」
「いえ、私は竜騎士ではございません! 下っ端です!」
確かに考えてみれば捨て駒の任務に失敗して帰り、挙句に捜索の邪魔をするような兵士だ。貴重な竜を預けるほどの高い地位についているのはおかしい。とするといったいどういうことなのか、話が分からなくなってきてしまった。
「そ、その……。差し支えなければ、そちらのその、ええっと、逃げ……、見逃していただいた後何があったか、お話しさせていただけないでしょうか。その方が恐らく、ご理解いただけると愚考いたします!」
嘘をつく気も、何かを誤魔化す気もまるでなさそうな、見事なまでの裏切りっぷりだ。仕える主への忠義よりも、余程ハルカのことが怖いらしいことが、態度からありありと示されていた。