お人よし
「先ほどの決闘を私達と交流をするための力試しとするわけにはいきませんか?」
「だめです」
ドルににべもなく提案を却下される。
ハルカもそう言われるだろうと思っていたので、粘らずにすぐに諦めて次の話に移る。
「というか、本当にいいんですか? ドルさんが最初に仰っていた通り、私は人ですよ。信頼関係だってありません」
「信頼なら儂の腰を治してくれたことで十分だ」
「強さに関しては私を圧倒したことで十分です」
「では、王として置いていただいてもいいですが、あくまでお飾りの存在にしていただきたいです。実質的な統治はこれまで同様ドルさんにお任せし、戦いの指揮関係はニルさんにお任せする。内政と軍事を分けて二人で話し合って物事を決めていただくというのは?」
「そのような役職はありませんが、王の命ならできるでしょう」
「ではそのようにしていただければ。名目上私のことを王として置いても構いませんが、実質は同盟者くらいに思ってください。何かあれば手助けをします。代わりにそちらも何かあればこちらに手を貸す。より強い見込みのある若者が現れた時点で、私はその人に王の座を譲ります」
「もちろん、ハルカ様が決闘で負ければ」
ドルの言葉にハルカは一度話をやめる。見込みのある若者と決闘をしたことにして王位を譲る気でいたのだが、したことにというのは許されなさそうな雰囲気だ。
「では、形式上決闘を行い、譲ります」
「決闘は誇りをかけた戦いです。相手を殺さぬ加減はすれど、わざと負けることはしないでいただきたい」
「ええっと。……他種族が王であることの方が、誇りに傷がつきませんか?」
「強き者に従うのはリザードマンの習いです。そこに種族は関係ありません」
「あの、かなり昔に人族の冒険者が来て、ここで手合わせをしたことがあると聞きました。その時、その人は王様に負けたんですか?」
「いえ、伝え聞く話だと冒険者が勝ちました。ただし、それは手合わせであって、王位をかけた決闘ではありません。勝利を讃え、存分に歓待してお帰りいただいたそうです」
「手合わせだったことには、できませんか?」
「見ていた者もいますし、もう噂は広がっています。ここで横車を押すと掟に従わなくてもいいという前例ができてしまいます。それはよくないでしょう」
何を言ってもうまいこと軌道修正されていることに気付いたハルカは、少し顎に指を当てて考えてから、恐る恐るドルに尋ねる。
「つかぬことをお伺いします。いえ、これは勘違いだったら非常に恥ずかしいので忘れていただきたいのですが、ドルさんは、もしかして私を王位に据えておきたいとお考えですか?」
「はい、そうですが」
「お、偉いぞ! 流石ドル、よくわかってるじゃないか」
「ニル様は黙っていてください」
ドルが澄ました顔で答えると、ニルが手のひらを叩いて囃し立てる。ドルはそれを横目で睨みつつ文句を言うと、手を組んでその上に顎を乗せた。
「ハルカ様のお察しの通りです。我々リザードマンは長い間独立を保ってきました。西には死にぞこない共の蔓延る森、東には火を噴く山。里にくる敵は、たどり着いた時点でその多くが消耗しきっていました。この独立は立地に守られてきたと言ってもいいでしょう」
ドルの言う通り、その条件を聞くとリザードマンの国は陸の孤島のようになっていたことになる。南北へ行けば海になっているが、おそらくそちらも何らかの理由で利用しがたいのだろうとハルカは思う。
「しかし近年山に棲むハーピーたちに混じって、オークや小鬼の姿を見るようになっています。仲間割れをしていることが多いので追い返せていますが、いつかは連携をとることもあるかもしれません。加えて西の死にぞこない共も消えました。今の我々は窮地にあるともいえます。ハルカ様との交流を突っぱねたのも、交流を持つだけだったら気が変わって攻め込まれる可能性があると考えたからです」
「成程な。儂はむしろ積極的に触れ合うことで、同盟を結べればと思ったんだがなぁ」
「私はそれだけでは信用しきれなかったんですよ。……しかし、ハルカ様ほどの強さを持つ人が王となってくれるのであれば話は別です」
段々と熱を帯びてきた語りに、ハルカも表情を硬くして真面目に耳を傾ける。確かに破壊者は、互いに争うことも多いと聞いたことがあった。当然東西に敵を抱えるのは良策とは言えない。
実は人族側からしてもこの問題は他人事じゃない。リザードマンはこうして自分達の領土を守ることを重視し、誇りさえ尊重してやれば非常に付き合いやすい相手だ。しかし、もしそれが侵略されたときに、次のこの領土を支配する破壊者が同じように友好的とは限らない。
「ハルカ様は、こんなことを言っては失礼にあたりますが人がよさそうです。その上に十分すぎるほどの実力があります。もしハルカ様ほどの実力が人族において平均的だというのであれば、我々は伏して従うしかありませんがそうではないでしょう?」
「おう。ハルカはめちゃくちゃ強いぞ」
「それを聞いて安心しました、アルベルトさん。面倒なことは一切任せていただいて結構。微力ではありますが、いざという時にはきっと力にもなりましょう。ですのでリザードマンの国と人族との交流の一切をハルカ様にお任せしたいです。もちろん外ではこの国の王であることを隠していただいても構いません。逆に利用できる場面があれば、大いに使っていただきたい。いかがでしょうか?」
両手をテーブルについて、やや身を乗り出すようにして語るドル。
ハルカは小さく呻くような声を上げて天井を見上げて、ため息とともに俯き、それからまっすぐ前を向いて声を絞り出す。
「……わかりました、しばらくは引き受けます」
「ありがとうございます」
「よし、こりゃあ良かった。歴代最強の王の誕生だな、儂は皆に伝えてくるぞ! 新たな王の誕生だ、祝いだ、宴だ!」
小躍りしながら部屋を出ていったニルを、諦めの表情で見送ってハルカはドルに話しかける。
「細かいことを決めたら、私はすぐに拠点に戻ってこの話を仲間と共有します。必要なことだけ至急決めてしまいましょう。ちょっと私達だけで抱えるのには、重すぎる話なので。……あと、ホントに王位を取り戻したくなったらすぐに言ってくださいね、譲りますから」
「…………では、緊急時の連絡手段ですが」
ハルカの最後の言葉はドルにスルーされた。結局言質を得られないまま、連絡手段や、これからのこと。国の運営などについて話し合うと、ハルカ達はリザードマンたちがワイワイと騒いでいる道を歩いて里の外へと向かう。
ニルがいちいちハルカのことを新王であると紹介して歩くものだから、すっかりそのことも周知されてしまった。途中からやけくそで手を上げたりすると、酒を飲んだリザードマンたちがわっと盛り上がる。
他種族が王になったというのに、リザードマンたちは決闘に勝ったというだけであっさりとそれを認め王の誕生を祝っている。素朴でとても破壊者などと言われる種族の一つとは思えない。
成り行き上仕方なく王になってしまったとはいえ、こんな光景を見てしまうと情が湧く。とても軽くは考えられない。
きっとハルカは、何かあったときにリザードマンを見捨てることはできなさそうだ。