強い意志を
ハルカはドルに駆け寄っていくリザードマンたちの後についていき声をかける。
「治癒魔法を使いますので、場所を空けていただけませんか?」
不安そうなリザードマンたちの視線を一斉に受けて、ハルカはドルが立派に王としての仕事をこなしているのだなと思う。
「ああ、そうだそうだ。それがいいだろう。ほれ、お前ら道を空けろ」
ニルの言葉に渋々場所を空けてハルカを迎え入れたリザードマン達は、なおも心配そうにドルを見つめる。
時間をかければ、あるいは口がもう少し達者であれば、戦うことなく交流を持てたのではないかと思いハルカは反省する。今日から先は、交渉ごとの時の人選をもう少し考えるようにするつもりだった。
ハルカが治癒魔法をかけると、ドルの呼吸は安定し、ニルが肩を叩いて声をかけるとうっすらと目を上げて首を振った。
「何が……。……ああ、負けたんですね」
体が倒れていること、リザードマン達の不安な表情などを見て、ドルは即座に現状を把握する。手元に転がっていた槍を杖のようにして立ち上がったドルは、恨めしげにニルを見てため息をつく。
「聞いていませんよ、こんな規格外な相手とは。どうなさるおつもりですか? 本当に人を我らの王と仰ぐおつもりで? 急にそんなことを任されては、そちらの人にとっても迷惑でしょうに。違いますか?」
ドルから話を振られて、ハルカもこくこくと頷いた。話のわかる相手のようだし、今回の決闘のことも有耶無耶にしてくれるかもしれないと僅かに期待する。
「しかし掟は守らなければなりません。今この時からハルカ=ヤマギシ様、あなたが我らリザードマンの王です」
思ったよりもずっと頭の固い王様だった。ハルカは跪かれたことに表情を引き攣らせてニルを見る。ただ笑っているだけで何の助け船も出してくれなさそうなことを確認し、ハルカはドルに向けて手を差し出した。
「一度よくお話し合いをしましょう、ご存知の通りどう見ても私は別種族ですので、色々反対も起こるでしょうから」
ドルはその手を取ることなく首を振る。
「いえ、我らの掟は絶対です。それに納得できぬものは決闘を挑み、勝利すればいいだけ。その勇気がないものに王を批判する権利はありません」
「わ、わかりました、わかりましたのでまずはその、人があまりいないところでお話し合いをしましょう。お願いします」
ドルはそこでようやく顔を上げて頷き、ハルカの手を取ることなく立ち上がった。
「では里の中をご案内します。私の執務室の中で今後について話し合いましょう」
手を取らないあたりに、どうしてもドルからの隔意を感じるが、いきなり仲良しこよしというのも難しいだろうと、ハルカは行き場のなくなった手を引いた。
「陛下、ひとつ申し上げます。王たるもの臣下が立ち上がるのに手など差し伸べられませんようお願いいたします」
「……はい」
隔意とかではなく、王たるものの心持ちを諭されたハルカは、目を泳がせてから小さく肯定の返事をするのだった。
全員がガ族の里に入ると、壁が倒れたことに気づいた住人が続々と周りに集まってきていた。アンデッド達から里を守るための壁の崩壊に、住人達から不安の声が聞こえてくる。
兵士らしきリザードマンがドルに対応を聞きに来たとき、ドルは一度ハルカの方を向いて指示を仰ごうとした。しかしハルカが必死に首を横に振ったのを見て、すぐに諦めてテキパキと修繕の指示を出す。
不測の事態であるというのに澱みなく対応を終えたドルは、再びハルカの方を向いて頭を下げた。
「陛下、お待たせいたしました」
「ドルさん、陛下やめましょうか」
周囲がざわついたのを聞いて、鳩尾付近を押さえたハルカは、引き攣った笑顔のままドルに提案する。
「ではなんと?」
「ハルカでもヤマギシでも構いませんので」
「承知しました。ではハルカ様と」
また周囲がざわつく。ここで問答してこれ以上注目を集めるよりも速やかに退散する方がいいと判断したハルカは、ひとまずそれで呼び方は諦めることにした。
「別に様はいりません。とりあえず目的の建物への案内をお願いいたします」
「それではご案内いたします。今後のことや組織体系についても覚えていただかなければいけませんから」
そう言って先を歩くドルに、ハルカはトボトボとついていく。隣に並んだアルベルトはなぜか楽しそうにニコニコとしている。
「ハルカが王様か。いいじゃん、出世だぜ」
「……他人事ですね。いいと思うのならアルに譲りますよ」
「え、やだよ、めんどくせえし。それに俺決闘に勝ってねぇし」
「私だって王様になりたいなんて思ったことないですよ」
こそこそと話をする二人に、レジーナが後ろから声をかけてくる。
「おい、王様って何するんだ」
「……知りませんけど」
「ふぅん。大変だな」
二人して他人事で、レジーナに至ってはあまり興味もなさそうだ。
この件で二人を頼りにできないと悟ったハルカは、腹を括ってこの後のことを一人で乗り切ろうと決意するのであった。
執務室について全員が椅子に座ったところで、まず最初にハルカが口を開く。自分から会話の主導権を取りに行くことは滅多にないのだが、なりふり構っている場合ではなかった。
「まず最初に、私は冒険者ですのでこの里に常駐できません。二つ目に、リザードマンの文化や歴史を知らずに統治するような無責任なことはしたくありません。その上で提案があるので、まずは聞いていただけませんか?」
かなり強くはっきりとしたハルカの言葉にその場にいた面々は驚いた。
執務室での話を仕切ることになるだろうと思っていたドルは、目を大きく見開いたのちに、新たな王の確かな意志を尊重しそれを肯定した。
「もちろん構いません。どうぞお先におっしゃってください」





