作戦負け
訓練場についてから、ハルカは改めてニルの持つ槍を確認してみる。
部屋にいるときは気づいていなかったが、その槍が異様に長いことに気がついた。持ち手から先端までのすべてが金属で作られているそれの重量は、恐らくレジーナの持っている金棒にも匹敵するはずだ。
ここにくるまでその異様さに気付かなかった原因はニルの体格にあった。縦にも横にも大きなニルは、初対面のイメージと変わらず、まるで肉食の恐竜のようだ。
戦いを見るのも、武器を持った相手の前に立つのも多少慣れてきているハルカであっても、武器を構えたニルの前に立つのはかなり勇気が要りそうだ。
本人の朗らかな性格もあって今までは感じていなかったが、ニルが訓練場で槍を何度か振り回しているのを見て、ハルカは初めてそのプレッシャーに気がついた。
アルベルトやレジーナが、二対一でもいいと言われた時反抗的な態度をとらなかったのは、ニルに対してそれだけの実力を感じ取っていたからかもしれないとハルカは思った。
「さて、ふむ、まぁ鈍っとるがこんなもんだろう」
びしっと槍を構えたニルの姿は堂に入ったものだった。構え自体はイルとそっくりだったが、プレッシャーがまるで違う。
三人がそれぞれ距離を取って武器を構えたところで、イルに声をかけられる。
「始めの合図をお願いします」
「私がですか? ……死なない限り怪我は治します。戦闘不能とみなしたら私が障壁を張りますので、以降その相手には攻撃をしないでください。いいですか?」
返事なく頷く三人は互いに構えを観察して、既に初動の探り合いをしているように見える。戦闘好きにも困ったものだが、向上心がそうさせているのだと思うと、ハルカには見守ることしかできない。
「では、始めてください」
ハルカが言い終わった直後に、ニルが槍を頭の上でグルンと回し、そのまま円を描くようにして二人の方へ先端を走らせた。先にアルベルトの方へ向かったそれは、とても届く距離ではないように見えたが、突然その射程が伸びた。
予測していたアルベルトは飛び退いてそれを避け、その先にいたレジーナは金棒で思いきり槍を叩き落とす。
槍はなんなく地面に叩き落とされる。その手応えの無さにすぐ金棒を手元に戻したレジーナだったが、その時にはニルの巨体が既にレジーナの傍らに迫っていた。
捻られ回転したニルの尻尾が、勢いを増してレジーナの横腹に襲い掛かる。
舌打ちと共に地面を蹴って空中に逃げたレジーナに対して、地面にバウンドした槍を拾ったニルがもう一回転。空中で身動きが取れなくなっているレジーナの身体をその槍が狙う。
しかしそれはニルの動きを見てすぐに駆け寄っていたアルベルトの大剣に受け止められた。地面に着地する前にレジーナが金棒を振りかぶり、そのままニルの伸びきった腕に向けて思いきり振り下ろされる。
ニルはそれを確認すると、槍を持つ手の力を弛緩させ、あっという間に二人から距離を取った。
「はっはっは、やるではないか。しかしやはり二対一でやることにしたのか?」
「「うるせぇ」」
言葉が完全に被ってしまった二人は舌打ちをして、今度は間合いの中にいたお互いを攻撃する。
そこからはもうニルにコントロールされた戦いになってしまった。互いをフォローしようという意識どころか、絶対に協力し合わないという頑なな考え方がこびりついてしまったようだった。
アルベルトが打ち合っている間のチャンスに、レジーナは二人同時に攻撃してしまう。逆にレジーナが打ち込んだタイミングで、後ろをとれたアルベルトが難しい顔をして静観を決め込む。
恐らく二人よりも腕前がある相手に対してこの戦い方はよくなかった。最初にアルベルトが武器を飛ばされ、そこでハルカが戦闘不能と判断。続いてしばらく打ち合っていたレジーナが尻尾に強かに打ち付けられて地面を転がったところで、そちらも戦闘不能と判断した。
転がってもしっかりと金棒を握っていたレジーナはきつい目つきでハルカを睨む。
「まだやれる!!」
「本当ですか?」
「生きてるし動けるんだからやれるに決まってんだろうが!」
ハルカはため息をついてレジーナの傍に近寄っていき、だらんと下がった右腕を掴んで治癒魔法をかけた。一瞬で熱と腫れを帯びていたそれはどう考えても無事ではない。
「左手だけで戦い続けて勝てそうでしたか?」
仲間と思い、精神的に幼いと認識している相手に睨まれても怖くはない。
ハルカは静かにゆっくりとレジーナに尋ね、顔をじっと見つめて返事を待つ。
レジーナはしばらくの間ハルカのことを睨み返し、やがてそっと目をそらした。返事はないけれど、これ以上戦う意思はなさそうだ。
「これは訓練みたいなものです。普段アルやモンタナとやっているのと同じですから、そんなに思い詰めて戦う必要はないんです。次は勝てるように頑張りましょう」
ハルカはポンとレジーナの肩を軽く叩いて、アルベルトの方へ向かった。不機嫌そうな顔をしているものの、暴れ出しそうな雰囲気はない。
ハルカは苦笑してアルベルトにも治癒魔法をかけた。大きな怪我はないけれど念のためだ。
「アル、意地を張りましたね。見ててもわかりましたよ」
「べっつに」
「相棒がモンタナだったら、もうちょっとうまくできたんじゃないですか?」
アルベルトはレジーナの方を見てから、複雑な表情をしてため息をつく。
「俺は、レジーナにも、あのおっさんにも勝ちたかったんだよ」
「多分二人ともその気持ちだったのを、ニルさんにうまいこと利用されましたね」
結局実力の大きな開きというより、戦い方の巧みさの問題だった。二人に協力されたら面倒そうだと思って離間の策をとったニルが賢かったということになる。
手合わせで我が出るのは仕方がないが、実戦ではないようにしてほしいものだ。しかしそれくらいのことは二人とも分かっているはずと思い、それ以上ハルカはうるさいことを言うのはやめた。
「ふぅむ、思ったよりもずっと強かった。大したもんだ。ハルカさんに口出しだけでもされていたら負けてたかもしれんな」
「頭に血が上ってるときじゃ無理ですよ。それに口を出すのはずるくないですか?」
「はっは、真面目だなお主たちは。戦いにずるもへちまもない。口を出すのを禁止と言われてない以上、別に構わんかったのにな」
ニルに言われてはっとする。
二人の協力的でない戦い方ばかり気にしていたが、気づいたのなら声をかけてやればよかったのだ。つい観客気分でいたのだけれど、自分もまだまだ常識に縛られていたようだと、ハルカは渋い顔で頬をかいた。