誰何
「留守にしている間、何か変わったことはありましたか?」
「別に。こいつらが来たくらいだ」
「そうですか。帰ってきたときユーリと一緒に居ましたね。見てくれていたんですか?」
「あっちが一緒にいただけだ」
「そういえば、ナギが自分でご飯を捕まえてましたね。何かありました?」
「あたしが仕留めたもの見てたから、自分でとってこいって言った」
端的ではあるがきちんと言葉が返ってくる。レジーナの方から話しかけてくることがあまりないので、慣れないながらもハルカの方から話題を提供する。無言でいることが気まずいとかではなくて、レジーナのことを理解したいという気持ちからの行動だった。
「暇だな。なんでこんなに魔物とか動物がいねぇんだよ」
「ついこの間まで死にぞこない共がうろうろしていたからな。あいつらは生きてるものはなんでも襲う」
「あー、それでか。虫はたくさんいるのにな」
「〈斜陽の森〉にいる動物をこっちに移動させた方がいいかもしれませんね。動物が増えれば森ももっと歩きやすく豊かになります。リザードマンって森で肉を確保できないとなると、何を食べているんです?」
「魚や小さな生き物。あとは穀物だ」
「そうですよね、一万人もいれば農業もしますか」
破壊者が農業をしている姿は少し想像しにくい。ハルカは脳内で、リザードマンが明るい太陽の下、麦わら帽子をかぶって農作業している姿を想像したが、どうもしっくりこなかった。
リザードマンはつるっとした爬虫類のような見た目をしているので、日向ぼっこはしていそうだ。その生活に思いをはせて、ハルカはまた疑問を一つ口にする。
「リザードマンは冬に弱かったりしませんか?」
「冬眠はしないぞ。得意じゃないけどな。冬のために蓄えもあるし、服を着て体を温める知恵もある。野生の蜥蜴と一緒にしないでくれ」
「あ、いえ。竜のように火炎袋なんかを持っているのかなと。気を悪くされたならすみません」
「俺たちも気になってあんたらを見に行ったわけだし似たようなものか……。もう少しで里が見えてくる。門番に紹介をするから、ややこしいことにならないように大人しくしていてもらえると助かる」
「攻撃されなきゃ黙っててやるよ」
即座に答えたレジーナにアルベルトが頷く。
アルベルトは敵対者に対してかなり手が早い方だし、レジーナにいたっては、それらしい気配がしただけで金棒を振り回す可能性がある。ハルカは連れ合い二人の前に位置をとって、暴れ始めたら一度止められるように準備をした。
うっそうとした森が徐々に手の入った状態になってくる。木の本数や、道らしきものを見るとこの辺りは既にリザードマンの領域なのだということが分かった。森を抜けたところまで視界が通り、その先には太い丸太で作られた壁が姿を現す。
地面にしっかりと差し込まれたそれは、立派な防壁となっており、その上の各所に見張り台が作られている。それらは長い年月の間リザードマンたちがアンデッド達と戦ってきた証拠であるように思えた。
見張り台に立っていたリザードマンたちがハルカ達の方に気付き、ボウガンのようなものを向けてくると、先頭に立っていたカオが大きく両手を振ってアピールする。狙いは外されなかったけれど、矢が放たれることはなく、そのまま門の傍まで近づくことができた。
後ろに好戦的な二人を従えているハルカとしては気が気ではない。どこかで飛び出していって丸太の壁に大穴をあけるのではないかと思うと、警戒するのは前から放たれる矢ではなく二人の動向だった。
「お前たち、探していたんだぞ! まさか後ろにいるのはイル隊長の言っていた人たちか!? いったい何を考えている!」
「その人たちだからイルさんを呼んでくれ!」
「ええい、まったく。人よ、すまないがこのまま待ってくれ。隊長が来るまで本当にあんたたちが客人なのかが確認できん」
「構いません。イルさんが来ればわかることですから」
「すまんな。お前らもちょっとそこで待っていろ。この難しい時に勝手なことばかりして、ちょっと叱られるくらいで済むと思うなよ」
カオ達はお互い顔を見合わせてため息をついていたが、これについては自業自得であった。若いからといって仲間たちに迷惑をかけて勝手なことばかりしていいわけではない。怒られるのも時には必要なことだとハルカは一人頷いていた。
それにしてもアルベルトとレジーナが大人しい。
「二人とも武器を構えそうなものですけど、今回は随分と穏やかですね」
「矢なら構えてなくても対応できるし、他に誰か隠れているわけでもなさそうだからな」
アルベルトは肩の力を抜いて答えたのに対して、レジーナはぼそっと呟く。
「攻撃してきたらまずあいつらを伸して盾にすりゃいい。でかいからいい盾になる」
「か、勘弁してくれ」
「あたしは良いぜ、その方が楽しそうだしな」
目を爛々と輝かせているレジーナはちっとも穏やかないい子になったわけではなかった。虎視眈々と争う機会をうかがっているだけだった。
ただ、出会った当初のことを考えると積極的に喧嘩を売りに行かないだけでも十分な成長なのではないかとハルカは諦め半分に思うのだった。





