里のこと
リザードマンたちには〈暗闇の森〉の中で待機してもらい、翌日の朝に出発することになった。逃げ出してしまう可能性もあったが、その時はその時で、勝手に里に向かうつもりでいた。
朝になって合流地点へ向かうと、リザードマンたちはきちんとそこで待っていた。種族全体として律儀な性格なのか、あるいはノクトの脅しがよっぽど効いていたのか、ハルカには判断しかねた。
サラ達を迎えてすぐに出かけるのは気が引けたが、逆にしばらくの間この場所に慣れる時間があってもいいのではないかと前向きに考える。慣れない旅をした後すぐに、それではあれこれをしてくださいというのは酷である。
コリンさえいればその辺にも気を使ってくれるだろうから安心だった。
〈暗闇の森〉の植生は、〈斜陽の森〉とあまり変わらない。ただまるで整備されていないので茂みをかき分けて進むしかない。木々も空を覆う程に伸びておりやや薄暗い。
幸いなことに前を歩くリザードマンたちが大柄なため、後に続く分には特に苦労がない。空を飛んで向かってもいいと思ったのだが、リザードマンたちの里まで一度歩いていき、距離感を測っておきたいという狙いもあった。
「イルさんから少し聞いていますが、リザードマンというのはどれくらいの数がいるんですか? 確か七部族が集まって国を作っているんでしたね」
「全部合わせて一万くらいじゃないか? この森を抜けた沼地や平地にそれぞれ里を持っている」
「あなた達はイルさんと同じ部族の戦士ですか?」
「……いや、まだ見習いだ。戦う力は十分あるつもりだが、まだ若いからと部隊に入れてもらえてない」
対面していてもリザードマンの年齢はよくわからない。語り方からして年寄りではないのだろうと思っていたけれど、部隊に入れないほどの年齢というと、種族的にまだ子供ということではないだろうか。
そう考えると衝動的な行動をとるのも理解ができる。ハルカは念のため尋ねてみることにした。
「失礼ですが、おいくつで?」
「十三」
二メートル近くあるのに十三歳。リザードマンというのは随分成長が早いのだろう。体の大きさだけで言うとイルと来ていた戦士たちとそう変わらないように見える。
「年下じゃねぇか」
アルベルトの言葉に振り向いたリザードマン。表情は読み取れないが、馬鹿にされたように感じてむっとしている気がした。アルベルトにそんなつもりはないだろうけれど、気を使って発言するタイプでもないのでこういうトラブルもある。
「ガタイがよくていいよな、お前ら。それだけで戦うのに有利そうだ」
「……そうか。お前も人にしてはでかいだろう」
「成長期なんだ。もうちょっとでかくなりてぇ。そういやお前名前何? 俺アルベルト」
「カオだ」
「そういやお前ら武器持ってねぇな、素手で来たのかよ?」
「……全部潰された、その、そっちの」
レジーナの方を見たカオがギロリと睨まれ、言葉を飲み込む。
「ああ、レジーナに壊されたのか」
「払ったら砕けた」
あの重量のある金棒で殴りつけたら柔な武器は大抵壊れる。打ち合いができるのは強化を武器にまで纏わせられるものか、余程の武芸者くらいなものだ。切断したり刺突することを捨てたとしても、あの武器を選ぶだけのメリットは十分にある。
「こいつらつぇえの?」
「アルベルトより弱い」
「ふぅん」
アルベルトより弱いと言われても、一般的にはアルベルトがかなり強い部類なのであまり参考にならない。その身体の大きさを考えればそれなりに強いのだろうけど、ハルカにはカオ達がどのくらいの強さなのかが想像つかなかった。
そんなことよりもレジーナがちゃんとアルベルトの名前を呼んでいることを、ハルカは割と嬉しく思っていた。段々と仲間に馴染んでいる証拠である。
元のハルカの性格を考えれば、カオ達が身体を硬くして怯えていることを気にしてそれどころではなかったはずなのだが、今はあまり気にしていなかった。
良くないことをしたのは彼らだったし、正面から戦って負けたのなら、それも学びの一つだろうとすら思っていた。怪我無く相手を降参させたレジーナを褒めたいくらいだ。
実際は大けがをさせてノクトが治しただけだったが、それはハルカの与り知らぬところである。
「あなた達の里にはどのくらいで着くんです?」
「二日も歩けば着く」
「そうですか。実際あなた達の中で、私達のことはどういう話になっているんです?」
「そうだな……」
カオは少し時間を空けて考える。未成年ならば詳しい事情は知らされていないかもしれないが、それでもハルカ達の存在を知っているということは、それなりに話は広まっているはずだ。
「ハ族はイルさんの話を肯定的に捉えている。だから俺たちだって見に行ってみたいと思った。……ばれないで帰るつもりだったんだ、本当だぞ」
「まぁ、好奇心ですよね。でも危ないので今後はやめてください」
「反省してる。他の部族は知らない。イルさんがよく出かけてるから、話し合い自体はしているはずだ」
「……これ、のこのこと顔出して大丈夫でしょうか? まだ話がついていない気がしてきました」
「心配するな、イルさんは国でも一目置かれている。何かあれば体を張って守ってくれるはずだ」
「何かある時点で問題なんですけどね……」
何かあれば暴れ出す二人のことを考えながら、ハルカはそっとため息をついた。