お迎え、二人と一匹
「あそこに見えるのが〈オランズ〉です。サラさんもあそこで冒険者登録をすることになるでしょう」
〈ヴィスタ〉に比べると田舎ではあるが、〈オランズ〉の街は小さいわけではない。資源が豊富で冒険者たちがたくさん暮らす良い町だ。敷地面積も広く、木材で作られた建物は立派なものが多かった。
その〈オランズ〉の街をかすり、〈斜陽の森〉の上を飛んでいると、段々とサラたちの表情が不安になっていく。事前に拠点のある場所の説明は済んでいたけれど、聞くのと向かうのでは話が違う。
〈斜陽の森〉は見るからに広く深い森だし、少し前にはアンデッドが湧いていたという話も聞いた。不安になるなというのが無理な話だ。
コリンがそれに気がついたのか、初めて狩りの依頼をしたときの話をし始めて場を和ませる。一人だけ昇級が遅れていたことをばらされたアルベルトはやや不満そうではあったけれど、サラたちの気はまぎれたようであった。
「最初からすごく仲が良かったわけではないんですね」
サラがアルベルトに話しかける。
不機嫌なままでいるのも大人げないと思ったのか、アルベルトは顔をそらしてぶっきらぼうに「まぁな」と答えた。
「……ナギがきてるです」
モンタナが呟く。
障壁の外を見ると、鹿を口に加えたナギが森の中からゆっくりと高度を上げてきていた。どうやら少し離れている間に、自分で狩りをすることを覚えたようだ。成長を感じてハルカが微笑んでいると、サラがハルカの袖を掴む。
見れば少し足が震えているようだった。
「お、おおお」
ダスティンが悲鳴寸前の声を上げて、妻を抱いて後ずさる。
事前に大きな竜を飼っているという話はしていたのだが、ハルカがかわいいとか、いい子とか言ったせいで、サラ達はかなり小さいものを想像していた。
突然人間を一口に飲み込めそうな竜が現れれば驚くのも無理はない。
ナギはハルカ達の姿を確認すると、ぎゃおっと一吠えしたが、それで口を開けてしまったせいで獲物を落とし、慌てて拾いに降りていく。ハルカ達にしてみれば可愛らしい光景だったが、サラ達は完全に腰を抜かしてしまっていた。
「ええと……、あの、あれがナギです。噛みついたりしないので大丈夫ですよ」
ダスティンは早くも先日ハルカに下した評価を、改めなければいけないと思い始めていた。
ナギと共に拠点建設予定地につくと、拠点の建設が始まっていた。これからまだまだかかりそうだが、形だけでも見えてくると、本当に建つんだという実感を得ることができる。
地面に降りて障壁を外すと、先に待っていたナギの陰から、ユーリが走って近づいてくる。転ばないか心配しながらも、ハルカはしゃがんで、近くにくるのを待った。
「ママおかえり」
「はい、ただいま帰りました」
頭を撫でてやると、しばらくそうしてから他の面々の下へも走っていく。帰りが少し遅れていたから心配していたのだろう。ハルカはそう思いながらユーリの姿を見守る。
そうしていると、サラが顔を青くしてハルカの後ろを指さすので振り返ると、ナギの顔がすぐ近くにあった。顔をぐりぐりと撫でてやるとぐるぐると喉を鳴らす地響きのような音を立てて目を細める。
口元に血がついていたので少し手が汚れてしまい、ウォーターボールを出して洗い流す。
「ナギ、皆に撫でてもらう前に口すすいで」
水を近くに持っていってトントンと口元をつついてやると、口を開け閉めしてちゃんと血を洗い流す。言葉が通じるたびに、本当に竜というのは賢いのだなハルカは思う。
「こんな感じなので、怖くないですよ」
ハルカはサラ達にアピールしてみるが、じっと観察するばかりで三人とも中々近づいてこようとはしなかった。
近づいてこないと言えば、焚火の前にもう一人腕を組んだままこっちを睨みつけている人物がいる。
レジーナだ。
「レジーナさん、ただいま帰りました」
「……誰だそいつら」
「えーっと……説明はしますけど。ただいまにはおかえりと返してほしいんですが」
「おかえり。誰だよそいつら」
「はい、えっと……。ダスティンさん、荷物はその辺においてください。天幕とかは後で準備しますね」
「は、はい、わかりました」
レジーナのきつい視線に晒されながら、ダスティンたちがそそくさと荷物の整理を始める。このままではやりづらかろうと思って、ハルカはレジーナの下に歩み寄った。
「あの人たちは、拠点の管理をしてくれるご夫婦と、その娘のサラさんです。サラさんは冒険者になり、うちのクランに加入することを希望しています」
「いれるのか?」
「ええ、そのつもりです」
「なんでだよ」
「……希望しているので、でしょうか?」
「あたしの時は断っただろ」
「それはー……、当時のレジーナさんがどんな人かわからなかったからですね。暴れまわっているっていう噂も聞いてましたし」
「じゃなきゃ誰でも入れるのか?」
「うーん……、信用のできる人で、ちゃんと希望する人なら、ですかねぇ……。何か方針があるわけじゃありませんし」
レジーナは納得したのかしてないのか、腕組みをしたまま少し考えてから、何も返事をせずにぷいっとどこかへと去っていく。文句があればちゃんと言うだろうから、きっと彼女なりに納得したのだろうとハルカは思うことにした。
降りてくる途中、レジーナがハルカ達に気がつき、ユーリと一緒に歩いて近寄ってきているのが上から見えていた。いつもの通りぶっきらぼうな態度をとられても、ハルカにはそれが微笑ましく映った。
あのレジーナがわざわざ出迎えに来てくれたのだから大した進歩だ。しかも一緒に来たということは、ユーリのことを気にして見てくれていたということだ。
年の離れた子供同士が仲良くしているような、何とも複雑な嬉しい気持ちだった。
やがて全員との挨拶を終えてユーリが戻ってくると、ハルカもサラ達にならって、いつもの場所で荷物の整理をし始めたのであった。