復路
「結局さー、コーディさんには今回のこと何か得があるの?」
コリンに尋ねられると、コーディは首を捻りながら答える。
「うん、まぁ、そんなにないんだけどね。まだ所属が確定していない神子を自分の陣営の方に入れられたことくらいかな。そもそもさ、特級冒険者と個人的な関わりがあるっていうだけで結構な武器になるんだよ。今の状態だと私ばかり得をしている形になるからね。返せる時に返しておかないと」
「特級冒険者というのは、それほどのものですか?」
「うん。最低でも小国の王様くらいには考えたほうがいいと思っているよ。それよりも厄介な特級冒険者もたくさんいるし」
ハルカはその肩書きがますます重たくなって、顔を顰めた。この世界に来たばかりの時は一文なしの根無草だったというのに、いつの間にかこんな扱いだ。
自由だったはずの冒険者という身分が、急に別のものに変わってしまったかのような気がした。
「別にハルカが考えることじゃないです」
難しい顔をしているハルカに、いつの間にか隣に腰掛けていたモンタナが声をかける。
「冒険者は冒険者ですから、使える時にそう名乗ればいいだけです。気を使うのは周りの勝手です」
「……そうかもしれないですね。でも自分の発言に影響力が出るのって怖くないですか?」
「そんなに気にしなくても、ハルカは元々人に気を使ってばっかりだから大丈夫です」
「そうですかねぇ……」
どちらにしてもやはり、できるだけ身分は名乗りたくないものだ。一冒険者として依頼者とは接していきたいものであると思う。
「私もね、ハルカさんはもうちょっと尊大になってもいいと思っているよ。あまり低姿勢が過ぎると、御しやすいと思われて、つけ込んでくるものもいるからね」
「コーディさんみたいにですかー?」
「私は君達がまだ中級冒険者の頃から目をつけていたわけだから、見る目があると言ってもらえるかな? そこらの小悪党と一緒にしないでほしいね」
「こういう人の方がタチが悪いことが多いけどね」
イーストンがボソッと付け足したのを聞いて、コリンとコーディが笑った。
「まぁ、どちらにしても、私は君達と共栄関係を築いていきたいと思っているだけだからね。そんなに心配しなくても、急に無茶なことを頼んだりはしないつもりだよ。明日に出発するんであれば、君達も必要なものを買い揃えた方がいいんじゃないかな?」
「そうですね、ちょっと買い物に出ましょうか。コリンがついてきてくれれば大丈夫なので、他のみんなは好きにしてていいですよ」
「よっし、じゃあ訓練してくるか。酒飲んだ日に訓練できなかったせいで、ちょっと体が鈍った気がする」
アルベルトが一人で部屋から出ていくのを全員で見送ったが、出てからすぐにアルベルトが部屋に顔だけ出してしかめ面をする。
「おい、モンタナ、イース、早く来いよ」
「手合わせですか」
「え、僕はのんびりしていたいんだけどなぁ」
モンタナはすぐに立ち上がったが、イーストンは渋い顔をしている。
「コーディさん、これからのことについて、お酒でも飲みながら話さない?」
「いい案だねぇ。妻を呼んでも?」
「うん、いいよ」
「……あんまりサボってると、すぐ抜いちまうぞ」
「うん、それはいいことだね。僕はアルほど強さに執着はないんだよ」
「くそ、思い知らせてやろうぜ。モンタナ、いくぞ!」
足音を立てて離れていくアルベルトを見ながら、モンタナも去り際にハルカに一言投げかける。
「買い物行って、変な人に絡まれないように気をつけるですよ」
「あ、はい」
明らかにコリンではなくハルカに向けて言われたそれに、反射的に返事をしてからハルカは頭をかいた。どうも以前に輪をかけて子供というか、手のかかる大人扱いをされている気がする。
気にしてもらえるのは嬉しいが、心配され過ぎるのも恥ずかしいという微妙な感情だった。
翌日の朝早い時間にコート一家がやってきて、ヴィスタを出立することになった。コーディは見送りに出てきてくれたが、昨晩のうちに話すべきことは話してあるので、特に長い別れの言葉もない。
ハルカの力で、十日とかからず行き来できることもわかっているので、惜しむほどの別れではないとも言えた。
旅慣れていないコート一家を連れた旅は、往路よりも少し時間がかかる。とはいえそれもこの国を出るまでの話だ。
均された道をゆっくりと進んでも、夜までには次の宿まで辿り着くことができるこの国はとても平和だ。
初めての旅には向いている国だろう。
しかし国境を越えたあたりからは、本来の険しい山が続き、賊や野生の獣にも狙われるようになる。中には魔物も出てくるため、とても護衛なしで進めるような環境ではなくなる。
そんな説明をしながら、ハルカはコート一家に対し障壁の上へ乗るよう促した。
空を飛んでいくと言っても、父であるダスティンは最後まで信じられず首を傾げていたが、障壁が空に飛び上がった瞬間、腰を抜かして床に這いつくばった。
女性二人は驚いてはいたものの、周りの景色を眺めて感嘆の声をあげている。こういう時は、案外女性の方が度胸があるものなのかもしれない。