転がる
屋敷へ戻るとコーディは奥さんと談笑していた。
せっかく休みを取ったのだからと、ハルカ達がいない時間は家族サービスにあてているらしい。今日の件を相談するとコーディはあっさり「いいよ」と答えた。妻であるエステルに何かを言ってから立ち上がる。
「それじゃあ手を回す必要があるね。私はちょっと教会の方に出向いてくるよ」
「今からですか?」
「うん。明日には来るんだろう? 準備しておかないと。代わりに妻にユーリ君の話を聞かせてあげてくれるかな」
「夜分に申し訳ありません」
「いいんだよ。そのためにのんびりしているようなものだからね」
訪ねればいつでも対応してくれているが、コーディはこう見えて忙しい。ハルカ達との関係をかなり重要視している証拠だったが、それを表に出さないのも交渉術の一つだった。
コーディの考えを察しているエステル夫人は、そんな素振りを一切見せずに、夫が仕事に行ってしまったことに少し不満を吐いてから、コロっと表情を変えてハルカ達にユーリの話をせびった。
実際のところ、ハルカ達のことで夫との時間はとれたし、気になっていたユーリの話もきけるのだから、エステルはとてもご機嫌だった。
しかしハルカ達にはそんなこと知る由もない。
ハルカ達はコーディ夫妻の思惑通り、夜が更けるまでユーリの話をすることになるのだった。
翌日の朝食を終えたあたりの時間。ハルカ達がいつもの長テーブルのある客室でコーディと話をしていると、扉がノックされてコート一家が入ってくる。
馴染みの部屋になってしまったのでそれぞれが寛いでいたが、ダスティンはそうでなかった。部屋へ入るやいなや堅い仕草で頭を下げて口上を述べる。
「そちらの方々に誘われ足を運んでまいりました、ダスティン=コートと申します。ヘッドナート様のご迷惑ではなかったでしょうか?」
「うん、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。君の所属していた派閥で私がどのように言われているか知っているつもりだけれど、君が思っているより私は攻撃的な人間ではないよ」
ダスティンの態度は、昨日身分が分かった後のハルカ達に対してより、今の方がよほど緊張しているように見えた。
コーディの返す言葉を聞いて、教会の人同士の関係が思っていたよりも複雑であることを察する。
「いえ、そのようなことは思っておりませんが、お忙しい中時間を割いていただいておりますので」
「どちらかといえばハルカさん達のために使っている時間だから、気にしないでいいよ。さ、座って」
さりげなく恩を売られたことに気付き、コリンは渋い顔をするが、それを見たコーディは嬉しそうだ。恩というのは相手が気づかなければ売ったことにならない。だからコーディのような策略家は、アルベルトのような冒険者相手だと、結構やりづらいことが多い。
ダスティンたちは席に着くが、コーディのことが気になるようで中々語り始めない。
「今日の私は同席しているだけだから、気にせずハルカさん達と話してもらえないかな? それとも席を外したほうがいいかな?」
「いえ、お気遣いありがとうございます。お話しさせていただきます」
まさか身分の高い相手に大事な話をするので出て行けとも言えるはずもなく、ダスティンは緊張したまま語り始めることになった。
「結果からお話しすると、俺たちはあなた達のところでお世話になろうと思っています。ただし、今までの教会との繋がりもありますし、サラの神子としての立場もあるので、少し時間が必要でしょう。今すぐというのは難しいので、一年ほど時間をいただければと思っています。サラもそれで納得してくれました。あとは正確な場所さえ教えていただければ、俺の方で護衛を手配してそちらに赴くことにします」
「一年後、迎えを出したほうがいいですよね」
「そだねー。途中で何かあっても嫌だし、その方が絶対早いし」
「いえ。オランズまでの距離を調べましたが、片道で一月近くかかるでしょう。俺たちの迎えのためにそんな長い時間を使ってもらうわけにはいきません」
「でもなー……」
「ちょっといいかな」
頷きながら聞いていたコーディが、胡散臭い微笑を浮かべながら口を挟む。
「つまり君達は、教会と穏便に別れることができれば、いつでもハルカさん達の場所に向かえるということだよね」
「はい、そういうことになります」
「じゃあ問題ないよ。私の方で何とかしておくから、ハルカさん達が帰るのについていったらいい」
「そ、そんなご迷惑は……」
「大したことじゃないよ。借りてる家や学園の手続きも私の方でやっておいてあげよう。……私はね、ハルカさん達と協力関係にあるからね。君達の味方でもあるんだよ」
「コーディさん、なにか悪いこと考えてないですかー?」
じーっとコリンに見つめられても、コーディの表情は崩れない。
それを見ながらハルカは一つだけ引っ掛かったことを口に出した。
「……サラさんを、教会の関係で利用するのはやめてくださいね」
「ま、しても良かったけど、しないよ。君達との関係を拗らせたくないからね。神子が一人あちらよりこちらに近くなった、くらいで十分な収穫さ」
ダスティンが緊張するのを見てハルカはため息をついた。
「わざわざ口に出して知らせないでください。コーディさん、これから先サラさん達は、私達の仲間ですからね」
「うん、もちろん理解しているよ。話はこれでついたんじゃないかな。ハルカさん達はいつここを出立するの?」
「……少し予定が遅れているくらいですので、準備ができ次第でしょうか」
「それじゃあ早く準備をした方がいいね。ダスティンさん達は、必要最低限のものだけ持ってくるといいよ。準備ができたら戻ってきなさい。旅の支度はこちらで整えておいてあげよう。……さっきと同じ話はしたくないから断らないでね」
「……ありがとうございます。準備をしてきます」
遠慮をしようとしたダスティンに、コーディが牽制をする。
何も言えなくなったダスティンは立ち上がってただ頭を下げた。
部屋を立ち去る前に、サラが一人扉の前に残りハルカ達に頭を下げる。
「色々、ありがとうございます。私きっと役に立てるように頑張ります」
ハルカは表情を緩めて、頷いた。
「はい、あまり無理をしすぎないでくださいね」
ハルカはぱたぱたと立ち去る足音を聞きながら、こんな解決方法で本当によかったのだろうかと悩んでいた。一人の、いや三人の人生を大きく変えるようなことをたったの二日でしてしまった。
力や身分が上がるにつれて、自分達の行動一つで沢山の人の生き方が変わってしまう。少し怖いけれど、これが特級冒険者として生きていくということなのだろうと思う。
ある程度考えていたつもりではあったけれど、いざ目の前でこんなことが起きると、改めて意識せざるを得なかった。