確保
モンタナは地べたに座り、アルベルトは壁に寄りかかる。テーブルについているのはコート家の三人と、ハルカとコリンだけだ。イーストンはハルカ達の後ろに立っている。
コリンはニコニコしながら席についていて、その表情は読みにくい。最初から任せておけばよかったなぁと、今になってハルカは思っていた。
「はい。それじゃあ何か聞きたいことがあるのなら、私、コリン=ハンからお答えします」
「……君もだけどパーティ全員がまだ若いようだ。サラともさほど変わらないように見えるが、幾つになるんだい?」
ハルカより見た目が親しみやすいからか、ダスティンの言葉遣いはやや柔らかい。いくら言葉が丁寧でも、ハルカの顔の作りは相手を緊張させがちだ。
「確かにあまり変わりません。私が今十六歳だから、平均すると十七歳ですね。後ろに立っているイースさんは、友人ですけどチームメイトではないので除いてます」
「それで四級冒険者というのは、すごいことなのでは?」
「……ハルカ?」
「あ、いえ、その。脅かしてしまうのもどうかと思いまして、サラさんと出会った当時の話をしたんですが……」
コリンに見られてハルカはスッと目を逸らし言い訳をする。実際身分を明かした場合、相手に対して圧力をかける効果しかないと思ったのだ。その場合、サラを勧誘していると勘違いされていると、脅して連れていくような形になってしまいかねない。
コリンは咳払いをして胸を張る。
「私たちは最近、冒険者宿を作り始めたところなんです。完成次第、宿の設立申請をします。隣のハルカは特級、私たちも一級冒険者です」
「えぇ!?」
夫婦が言葉を失い、サラが驚きの声をあげる。しばらくして立ち直ったダスティンが恐る恐ると言ったふうに尋ねる。
「特級、というのは、その、いや……。そんな場所へうちの娘を連れて行っても仕方ないんじゃないでしょうか?」
「……先ほどもお伝えしましたが、サラさんが希望していたので、ご両親の意思を確認し、問題がなければお迎えするつもりでした。私たちが積極的に連れ去ろうというわけではないんです。それだけはわかってください」
ハルカは身分を明かされて諦めがつき、ようやく饒舌に語り出す。どのタイミングで言うべきか迷っていたことだった。
「冒険者という仕事は自由で楽しいばかりではありません。旅をしていれば賊に狙われることもあります。旅人の遺体が弄ばれている光景を見たこともありますし、破壊者やアンデッドに出会ったり、乱暴な同業者とトラブルになることもあります。街で普通に暮らすより命を落とす可能性は格段に上がるでしょう。二度とご両親と会えなくなるかもしれませんよ?」
ハルカはサラの顔を覗く。希望する以上現実は知ってもらわねばならない。すぐに返事が返ってこないのは、今考えてくれている証拠だ。そして、これまで深刻に考えてこなかった証拠でもある。
「一つ尋ねたいのですが、なぜ娘を入れてくれる気になったのでしょうか?」
「んー、ハルカなんで?」
「え? ……失礼な言い方をすると、サラさんだから、というわけではなかったんです。本人が望んでいて、それが私たちにとって不利益にならないのなら受け入れたい、というのが私の考えでしょうか」
「俺はな」
壁に寄りかかって退屈そうにしていたアルベルトが口を挟む。
「そいつが真面目に冒険者になりたがってるとは思ってなかったんだよな。最初会った時めっちゃ嫌いだったし。でもすげー頑張ったみたいだし、いいんじゃねーのって」
「僕は、サラさんが嘘をつかなかったからです」
聞いていないようで聞いていたらしい。それぞれ反対しないだけの理由はあったようだ。
「私はねー。身分のある子だから常識がありそうだし、どうせ人を増やすならやる気があって、まともな人がいいなーってくらいかな」
「神子であることは、関係ないと?」
「別に見たくねぇよ、先のことなんて。退屈だから俺外で素振りしてくる」
好き勝手言ってアルベルトは外へ出ていった。ダスティンはそれを見送ってから頭を下げる。
「俺の勝手な価値観であなたたちを疑って申し訳ありませんでした。神子であることが特別であると思い込み過ぎていたようです」
「……それは、確かにあったかもしれないわねぇ」
「……私、やっぱり冒険者になってみたい、かもです。そうしたら、お父さんたちは元の仕事に戻るの? 教会で働く?」
「……すぐにやめるわけにはいかないが、そのうち元の革職人に戻るかもしれないな」
「教会の仕事って大変だった?」
「いや、そんなことはない」
サラの言わんとすることを察したのか、ダスティンは難しい顔をしてそれを否定する。しかし妻であるダリアは隣で笑う。
「大変だったわ。この人融通が利かないから」
「ダリア!」
「でもね、親ってそういうものなの。私たちが大変だって思って冒険者になるのなら、それはやめなさい」
親子の会話を聞いてコリンは顎に指を当てて思案し、そして話を切り出した。
「じゃ、ご両親も一緒にうちに来たらどうですか?」
「……俺たちは、冒険者になる気は無いんだが」
「いえ、そうじゃなくて。私たち遠征することがよくあるんですけど、その間の拠点管理してくれる人がいたらいいなーって思ってたんですよね。背景がしっかりしてて、すぐに今の仕事辞められる人ってなかなかいないじゃないですか? お二人が一緒に来れば、離れ離れにもならないし、私たちも困らない。もちろん生活するのに困らない程度にお給金は払えますよ。普段は食事を作ったり、薪を割ったり、生活まわりのことをしてもらえればいいんですけど。いい案だと思うんだけどなー?」
すぐに否定をしようとしたのか、ダスティンが口を開いたところで、ダリアが言う。
「あなた、考えさせてもらいましょう」
「しかし……。それほどすぐに辞められるわけでもないぞ」
「あ、知り合いに教会の偉い人がいるので、多分大丈夫だと思うんですよねー。コーディさんって言うんですけど」
「まさか、コーディ=ヘッドナート氏のことですか?」
「そうそう、そのコーディさん」
ダスティンは腕を組み、じっくり悩んでから答える。
「今日はもう遅いです。明日、ヘッドナート氏に面会させていただくことは可能ですか?」
「大丈夫じゃないかな?」
「忙しい人だと伺ってますが」
「うーん……。今日も朝お見送りしてくれたし、私たちがいる間は、予定を空けてくれてるみたいでしたよ」
「それでは、ぜひよろしくお願いします」
二人のやりとりを聞きながらは、ハルカは頭を混乱させていた。
サラを連れていくか悩んでいたはずなのに、いつの間にか親子揃って連れていく話になっている。悪い話ではない気がするが、コリンに任せたのが正解だったのかどうかはまだ判断しかねていた。