方針転換
「第一なぜ突然冒険者になろうと思ったんだ……。この人に会うまでそんな話をしたことはなかっただろう」
「そ、それは……」
言い淀むサラを見てハルカは考える。多分あの喧嘩をしてお説教をしたあたりだと思うのだけど、当たり前のことしか言っていない気がする。きっかけと言われるとちょっとわからない。
「サラがどうしてもその時のことを話そうとしないんだが、ハルカさんから聞かせてもらえないだろうか?」
「あ、ダメ、ダメです」
慌てて袖を引かれて、ハルカはサラを見た。
何がどうダメなのかがわからない。喧嘩をしたことなのか、それともそのきっかけなのか、内容なのか。
「なら自分で話しなさい」
「……その、ハルカさんと会って、かっこいいと思ったから」
「何があったのか聞いているんだが」
「私が……、その、悪いことして、ハルカさんに負けて、怒られて。その時のハルカさんがかっこよくて、色々と考えて私も外の世界に行って色んなものを見たいと思いました」
ダスティンの目が細く鋭くなる。
「悪いこと? 負ける? もしや何かご迷惑をかけたのでは?」
「ええと……。私の種族が破壊の神ゼストによって作られたという話が、学説的に存在しているらしいですね。その関係の話でトラブルになりまして、うちにも喧嘩っ早い子がいるので、丸く収めようとして、喧嘩になったというか……」
ハルカの方もしどろもどろだ。大人が子供と喧嘩をすること自体が情けなく、親御さんに話せるようなことじゃない。ダスティンの視線にハルカを責めるような意図はなかったのだが、申し訳なさにすっかり委縮してしまっていた。
「冒険者に喧嘩を売ったのか!? しかもよくわからない噂話を信じて!?」
「も、もうたくさん謝りましたし、反省もしてます。本当に悪いことをしたと思っていて、そのご迷惑かけた分も、ハルカさんの役に立ちたいと思ってるんです!」
ダスティンは腕を組んで目をつぶる。
しばし時間をおいてから、その姿勢のまま目を開けて、ハルカに尋ねた。
「つかぬことをお伺いしますが、ハルカさんは、冒険者としてはどのくらいの身分なんです?」
「…………えーっと、サラさんとお会いした当時は、四級だったような気がします」
「ではやはり、今から旅に娘が加わっても迷惑なのでは?」
「あ、いえいえ。いつも旅をしているわけではありませんし、拠点の方を管理してもらう人手があってもいいと思っていたので、迷惑ではありませんが」
「……拠点ですか? どこかの宿に所属を? だとするなら余計に娘を入れることを簡単には決められないのでは?」
「いえ、それは…………」
ハルカは話の流れがおかしいことに気がつき、一度言葉を切った。
先ほどまでと比べると、ダスティンがサラを冒険者にすることに関して前向きになっているような気がする。
「……あの、ダスティンさんは、サラさんに神子として教会で働いてもらいたいのですよね?」
「いや、娘がそれを望んでいたから環境を整えてやろうと思ったにすぎません。……教会も、長く続いていますから色々と争いがあるようでね。後ろ盾のない神子が良くないグループに取り込まれるというのもよくある。サラが教会で働くことを望んでいないのなら、別に学者になろうと、街で働こうとかまわない。……ただ、危険な場所に行かないでほしいだけだ」
「でしたら考えてらっしゃる通り、冒険者は危険な仕事ですよ」
「そうなんでしょうな。しかし娘が私に反抗してまで何十回も言ってきたことです。こうして相手を連れて直談判までしに来るのであれば、少しくらい考えてやろうかと」
「……何十回ですか?」
「ええ。いい加減なことを言うものじゃないと思い、言葉ではなく形で示しなさいと言ったら、無茶をして飛び級までしまして。それ自体は喜ばしいことなんですがね。顔を合わせるたびに催促されていたところを、今朝の件というわけです」
なんとなく苦労を察してしまったハルカは黙り込んだ。子育てというのは難しい。自分は親に反抗するような子供じゃなかったし、ユーリもとても聞き訳がいいので、ハルカは少し勘違いをしていた。
「そういうわけで、今はハルカさんのお話を聞かせてもらおうかと」
「……あの、仲間を呼んでもいいでしょうか? 冒険者に関しては私より他の仲間たちの方が詳しいですので」
「もちろんです。狭い家ですが、近くにいるのならぜひ」
このままいくと話が予想外の方に進みそうだ。大事な決定をするのであれば、仲間も一緒の方がいいと考え、ハルカは助けを呼びに外に出ることにした。
ハルカだけが外に出てきたのを確認すると、他の家の陰からそっと仲間たちが姿を現す。
「どうだった? ついてきてないってことは、サラちゃんはこっちに残るのー?」
「それがですね、なんだかよくわからないことになっていまして……」
事情を説明すると仲間たちは笑って肩の力を抜いた。
「ま、俺も冒険者になりてぇって気持ちはわかるからな」
事情を理解したのかしてないのか、アルベルトが満足げに言うと、イーストンはあきれ顔で付け足す。
「冒険者になる人って、やっぱり癖が強いよね。それで、ハルカさんはどうするつもりなの?」
「聞かれたことに答えて、後はあちらの判断に委ねようかなと。特にご両親から引き離す必要性は感じませんが、希望をお断りする理由もないんですよね。人柄としては……、ちょっと頑固ですが悪い子ではないのは確認していますし」
この時はまだ、ハルカはあと数年くらいこの街にサラが残るのではないかと予測していた。二日後の朝、サラと、その両親が拠点についてくるために街を出るとは、夢にも思わない。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします~~~。