巻き込まれ家族会議
「それじゃあいつもと同じでしょ。今日はお客様もいるのよ。そういえば、まだ名前も聞いてなかったわね。私がサラの母親のダリアよ、隣が旦那のダスティン」
話を振られてしまってハルカは仕方なく顔を上げる。挙動不審にならないようにまっすぐ前を向いて、できるだけ落ち着いて見えるように努めた。
「ハルカです。娘さんの仰っている通り、【独立商業都市国家プレイヌ】の〈オランズ〉という都市に所属している冒険者です」
「朝も思ったけど、サラの言う通りずいぶん綺麗な人ね。苦労も多いんじゃないかしら?」
ハルカは会社の面接を受けているような気分になっていた。
あなたはこれまで冒険者としてどんな苦労がありましたか? 何に取り組んできましたか? これから始まる質問タイムに胃が痛くなりそうだ。
「……確かに苦労もあったかもしれませんが、仲間たちがいつも助けてくれましたので」
「他国へ旅をするほどの冒険者に、娘がついて行って何かできるとも思えんのだが?」
「それは、まあ、そうかもしれませんが……」
「ほら見たことか。ついて行っても迷惑がかかるだけだからやめておきなさい」
「あ、いえ、迷惑ではありません。人手は有って困るものではありませんから。というか、私は最初からご両親が納得の上でしか連れていく気はありませんでしたし……」
サラの父――ダスティンが首を傾げる。
額を押さえてから背筋を伸ばし、ハルカと正対して真面目な顔をする。
「あなた方から、神子である娘を勧誘したのでは?」
「……一年半ほど前に娘さんが予知夢で、私と一緒にいて竜と遭遇するという光景を見たと言いました。その時に備えるためにより強くなりたいと言うのですが、ご両親の許可も取っていない十二歳の子を勝手に連れていくわけにはいかないでしょう。ですので、三年後にもう一度訪ねると言って別れました。それまでに意志が変わっているかもしれないと思ったからです。どちらにしても連れていくためには、家の方に挨拶をするつもりでした」
途中でサラから袖を引かれたが、ハルカはあえて知らないふりをした。全貌が見えてくるにつれて、サラの子供っぽい部分が見えてきた。確かに抑圧されて、ご両親の愛情に飢えているのは分かったのだけれど、やり方があまり良くない。
きっちりと話し合いをして、より良い方向に話を進めてあげるのが、大人としての優しさだと思ったのだ。
ダスティンは娘のことをじろりと睨んでから会話を続ける。
「この街に暮らす冒険者は、粗暴なものが多いです。中にはきちんと生計を立てている者もいますが、多くが騎士たちの下請けや、街の雑用を行なっている、職にあぶれた者たちです。ここまでのお話で不快なことも多くあったでしょうに、丁寧に対応していただいたことに感謝と謝罪をさせてください。申し訳ありませんでした」
「とんでもないです。私の仲間にも短気なものがいますし、朝は失礼な物言いをしてしまったと反省しておりました。こちらこそ申し訳ありません。ただ、サラさんが深刻にお二人の仲を心配されていたのは確かだと思います。あまり叱らないであげてください。悪いのは、状況をよく確認もせずに、お忙しいところに乗り込んでいった私達ですので」
互いに頭を下げて、話がまとまり始めたところで、サラの母――ダリアが口を開く。
「サラを心配させていたのは確かなのよね。……なんでそんなに心配してしまったのかしら?」
「……お父さんが、好きだった仕事急にやめて教会で働き始めたの、私のためでしょ? お母さんもいつもお家にいたのに、私のために教会で働いてた。二人とも遅くまで帰ってこないし、家でも話しないから、私のせいで仲が悪くなっちゃったんだって思ってた」
夫婦は顔を見合わせたが、ダスティンの方がやや困り顔だ。脇腹を肘でつつかれて、仕方がなさそうに話し始める。
「神子であるとわかったのは喜ばしいことだった。しかしそれと同時に、革職人をしているような親から、という陰口が聞こえ始めた。お前が胸を張って神子として人生を歩んでいくための、足を引っ張りたくなかった。神子に選ばれた時、すごく喜んでいただろう。皆のために頑張るんだと、役に立ってたくさん褒められるんだと」
「それは、お父さんとお母さんが嬉しそうだったから、もっと喜んでほしくて……」
「ああ、今こうして話し合ってから、冷静に考えてみればそうなんだろうな。ただなぁ……、いざ教会に入ってみると、派閥やら横の繋がりやらが多くてな。俺みたいな要領の悪い男は、時間を割いて頑張るしかないんだ。それでもうまくいかないことがあまりに多いから、ダリアにも手を貸してもらった。神子も場合によっては、とんでもない辺境に行かされたりすることもあるらしいからな。娘をそんな目に遭わせるわけにはいかないだろう」
「お父さん……」
「そう思って働いているところを……」
ダスティンは拳でまた食卓を叩いた。激情家なのだろう。
人柄が分かってしまえば、ハルカもそこまで悪い印象は受けなかった。
「辺境に行くより危ない冒険者になるだと!? まじめに勉強をして、学院で生活していたはずの娘が、よく知りもしない冒険者に憧れてついて行く? 一時の気の迷いだと思うだろう!」
「あなた、落ち着いて。……きちんと話をしなかったのも悪かったわね。お父さんは働いていることをあなたに負担に思ってほしくなかったのよ。そういうところカッコつけようとするの、この人。私が手伝いだしたのも、一人で黙って仕事をして精神的に参っていたからよ。寂しい思いをさせて悪かったわね」
「……あの、後はご家族だけの話し合いでいいんじゃないでしょうか?」
ハルカがそう言って席を立とうとすると、サラに腕を掴まれた。
「待ってください。私が冒険者に、ハルカさんに憧れたのは本当です。ハルカさんに初めて会って言葉を貰った時、狭い世界に籠っていてはダメだと思いました。神様のこと、世界のこと、色んな種族のこと、知りたいことはたくさんあります。この街で過ごしているだけでは知れないことがたくさんあるはずなんです!」
まだ話し合いは続きそうだ。ハルカは浮かしかけた腰を下ろして、助けを求めるようにサラの両親に視線を送る。
「……あと少し話に付き合っていただけないだろうか。今この場で、娘とこの先についてちゃんと話をしておきたいんだ。申し訳ないが、この通りだ」
「……わかりました。お付き合いいたします」
手を食卓について頭を下げるダスティンに、ハルカは諦めて返答するのだった。