食えない男
コーディ邸に到着すると、朝食が人数分用意されていた。サラの分まで用意されていたところを見ると、全てお見通しだったのかもしれない。
「上手くいかなかったようだね。念のため用意していたものが無駄にならなくてよかったよ」
笑顔で告げられた言葉は白々しかったが、丁度お腹も減ってきたところだったので、素直に朝食をいただくことにした。
食卓についてしばらくして、コーディは元気のないハルカ達に話を振る。
「何か、私に聞きたいこととかあるんじゃないかなと思っていたんだけれど?」
「……ご迷惑ではありませんか?」
「迷惑だなんて、僕らは共犯者、仲間だからね。サラさんがいるから皆まで言わないけれどさ。……国内の神子を集めるのはさ、私の管轄じゃないからね」
「それぞれ部署があるんですね」
「そうだね。私は渉外部の一番偉い人だから、国外の神子については把握してるんだよ。だから、昨日名前が出たレジーナ=キケローって子がいたでしょ。あの子を神子認定して、聖女の名を送ったのは私だね。あちこちで暴れてたらしいけど、律儀に教会に服を貰いに来るから、位置情報を把握しやすくて面白かったよ。たまに上からどやされたけど」
面白いことを探して国の外に出ているコーディがそれを言うと、なるほどと納得してしまう。レジーナに修道服を融通していたのはどうやらこの男らしかった。レジーナはそんなことに気がついていないかもしれないけれど。
「内政部はねぇ……、ちょっと囲い込みが酷いと前から思っていたんだよね。私は能力のある人間は自由にさせたほうが、発展性があって面白いと思うのだけれど、あっちは保守的でね。自分達が持っているものを手放さないことにばかり終始している。……実におもしろくない」
胡散臭い笑顔を浮かべたまま話を続けていたコーディだったけれど、最後の一言の時だけすっと表情が消える。それはすぐに取り繕われたが、コーディの本音の一部が見えた気がした。
「だからさ、サラさん本人が望んでいるのなら連れていっちゃってよ。私が後は何とでもして誤魔化しておくから」
また煙幕を張られたような笑顔で、コーディからよさそうな提案をされる。
「ま、別にそれも悪くないわよね」
「俺もそれでいいぜ」
コリンとアルベルトが同意する中、ハルカはイヤーカフスを指先で撫でながら答えを保留していた。イーストンは答えず、モンタナはジッとコーディの目を見ている。それに気づいてもなお怯まないことから、コーディのすれた精神の強さを感じる。
「…………それは、コーディさんがしてほしいことですよね」
「うん? サラさんや君たちのためになると思って提案したのだけれど」
「すれ違った関係をそのままに、見ないことにするのですか?」
「世の中にはよくあることだよ。見ないことにして幸せになれるのならばそれでいい」
「わだかまりはずっとその人の心に残ります。次の一歩を憂いなく踏み出すためには、本人の納得が大切だと思います」
「……なんかハルカさん手ごわくなったね。別に僕は話し合いをしてここに残ることも否定していないよ。何をするかはサラさんが決めたらいい。ただ、逃げることは悪いことではないからね。挑んで敗れるより、もしかしたらという希望を持って生きるのも一つの道だ。サラさんはどうしたい?」
ハルカが攻略しがたいと思って、目標を変えたらしい。本人の意思を優先するという旨の発言をしていたから、これにハルカが口を挟むのは難しかった。
サラが考えている間に、ハルカも気持ちを落ち着ける。
自分の過去と重ねて、サラに対して無理を強いているのではないかという疑念に駆られたからだ。当時、親から嫌われるのが怖くて寡黙になった自分に対して、勇気をもってもう一度相談して、と言ってくれる大人がいて、素直に言うことを聞いただろうか。
そんな恐ろしいことをする勇気は、自分にはなかった気がする。
そう考えれば、コーディの言葉は確かに優しい。間違ってはないのだ。
それでも、この世界で二年間生きて、ハルカには思うことがある。勇気や痛みをもって茨を乗り越えた先にこそ、真の感情があるのではないかと。
また冷静さを見失い始めていることに気がついたハルカは、首を振って一度考えるのをやめた。
子供に対してやるべきことは、考えを押し付けるではなく、選択肢を見えやすくしてあげることだ。それをはき違えてはいけない。
「少し、考えてもいいでしょうか?」
「うん。次に会いに行くのは夜なんだろう? 昨日泊った部屋を使っていいから、ゆっくりと考えるといいよ」
「ありがとうございます」
食事の途中だったがサラは、そのまま立ち上がって大きな扉を押し開けて廊下へと出ていく。
扉が完全にしまってから、コーディは弁明をするように両腕を広げた。
「いやね、本当に彼女のためを思って言ってもいたんだよ。家庭の話は繊細だからね。距離を置けば、互いに落ち着く気持ちもある。離れて初めて分かる大切なものだってあるさ」
「……でも、うまいことやってやろうって気持ちもあったです」
「……相互に利益のある話だし、それでも良くないかな? というか、もしかしてモンタナ君って、何かの神子かい? そういう能力を持っている子独特の雰囲気があるんだよね」
「コーディさん。あまり利益に偏った話ばかりされると、どこまで信頼していいかわからなくなりますが」
雲行きが怪しくなったところで、表情を隠したイーストンがきっぱりと言い放つ。
コーディは肩をすくめて椅子に寄りかかった。
「いや、本当に。君たち成長が早すぎるよ。元々モンタナ君は敏い感じがしていたけど、ハルカさんも成長してるし、イーストンさんは油断ならないし。やりづらいったらない。でもまぁ……、味方でいるって考えれば頼りになるのかもしれないね。とにかく、必要なら手を貸す。そのスタンスは変わらないから、君たちの自由にやったらいいよ」
「ありがとうございます。できれば最初から素直にお礼を言わせてもらえる展開だと嬉しかったんですが……」
「ハルカさん、こういうやり取り苦手そうだものね。訓練だよ、訓練」
コーディはおどけた表情で、悪びれる様子もなく笑うのだった。