使命感
熟睡しているアルベルトを背負って帰った翌朝。
全員が準備を終えてから、念のためアルベルトに声をかけると、割とすっきりと目を覚ました。
帰り道に治癒魔法をかけてやったのが良かったのか、それとも体が大きくなったからなのか、理由は分からないけど、今日の予定を告げるとアルベルトは慌てて準備をしはじめた。
まだ外は薄暗いのだけれど、これくらいに行かないとサラの両親は出かけてしまうというのだから仕方がない。
サラは相変わらず腫れぼったい目をしている。昨晩はよく眠れなかったのだろうと推測し、ハルカは肩に手を置いて治癒魔法を施した。
「あまり緊張しすぎずに行きましょう。上手く言葉が出なくても、きっと話を聞いてくれますよ」
「……はい。ハルカさんの傍にくると、なぜだか体が元気になる気がします。不思議ですね」
それは治癒魔法のおかげなのだけれど、今言うと彼女に恥をかかすような気がして、ハルカは曖昧に笑うだけに済ませた。
全員の準備が済んでコーディ邸を出た頃には、太陽がぼんやりと姿を現し始めていた。
サラの家はここと学園の中間程にある。昨日の帰り道に教わったのでおおよその場所は分かっている。
コリンがサラの不安をほぐすように、各地であった話を面白おかしく語っていたが、家に近づくにつれて、サラの肩に力が入るようになる。大事な話をするためとはいえ、家族と会うためにこれ程緊張しなければいけないのは不自然に思えた。
「あそこです」
サラが指をさした家は、親子で暮らすにはちょうどいいくらいの大きさをしていた。周囲と比べても何ら変なところはなく、強いて言うのなら、軒先の草木が少し自由に伸びすぎているというくらいか。
玄関が開いて、頬のこけた短髪の男性が家から出てくる。髭が綺麗にそられており、いかにも真面目そうな男性だった。サラの父というのには少し年を重ねているようにも見えるが、それは表情が少し疲れているように見えるからかもしれない。
まだ人通りも少ない道に出ると、ハルカ達の集団がすぐに目に入ったようだ。なんとなく見たくらいで、そのまま会釈をして去ろうとしたその男性は、集団の中に自分の娘がいることに気がついて眉を顰めた。
「サラ? なんでこんな時間に外に?」
「あ……。お父さん、昨日はハルカさん達と話をしていて、そのまま泊めてもらったんです。あの、話を聞いてもらいたくて……」
「……その人たちは、いつだか言っていた冒険者さん達か。諦めたものだとばかり思っていたけれど、もしかしてまだ夢のようなことを考えていたのか?」
言葉こそ丁寧であるが、ハルカ達を見る目は冷ややかなものだった。こんな展開になるだろうことを予測していたので、さほど気にはならなかったけれど、あまり気持ちのいいものではない。
「あなた達も、娘をたぶらかすのはやめていただけますか? 娘は神子です。神に認められ、国に必要とされているんです。命の保障もないような仕事につこうとしたら、まずは止めてくれるのが筋ではありませんか?」
「それはごもっともです。ただ、私たちは彼女の友人としてここにいます。まずはサラさんの話を聞いてあげてもらえませんか?」
今の段階であれば、娘を思う父親の苦言でしかない。ハルカとしても冒険者の仕事が最も素晴らしいと思っているわけではないし、親の庇護下にあるうちはある程度自由がないのは仕方がないとも思う。
だからこそ、今は冒険者になりたい云々ではなく、親子として、サラの話を聞いてあげてほしいと思っていた。
何も自分たちに付いてくることだけがサラの幸せだなんて思っていない。親の下で仲良く暮らし、勉学に励み、落ち着いた仕事につくのも幸せの一つだ。サラさえ苦しい思いをしないのであれば、結果はどうなってもいいのだった。
サラの父は時間を告げる鐘に耳を傾け、いらだたし気にそちらに目を向けた。
「……帰ってからにしなさい。こんな大勢人を引き連れて家庭の話をするなんて、恥ずかしいと思わないのか」
踵を返した父に、サラは今にも泣きだしそうに顔をゆがめて声をかける。
「お父さん、お願い。今聞いて」
「忙しいと言っているだろう。父さんを待っている人だっている。話がしたいのなら手順をおってからにしなさい」
有無も言わせず言い放たれて、サラは押し黙る。
ハルカにはサラの気持ちが、なぜだか痛いほどよくわかって、胸が苦しくなった。記憶の奥底にうっすらと残っていた、幼い自分のことを思い出す。
「本当にそのまま出かけるつもりです?」
「……はぁ、子供は口を挟むんじゃない」
モンタナにじっと見上げられて、サラの父は先ほどと同じような口調で注意をする。
「子供の言うことは考える価値がないですか?」
「他人の家庭のことに口を挟むなと言っているのだが、わからないか?」
「モンタナ、聞く気ねぇよこいつ。ハルカ、連れていこうぜ。こんな奴の家に居ても、サラが嫌な思いするだけだろ」
「いい加減にしないか! こちらが遠慮していればぬけぬけと。だから私は冒険者なんかと関わるんじゃないと言っただろう!」
ようやく娘の顔を見た男は、怒っていてその表情に配慮するまでの余裕はなさそうだ。サラの瞼に涙がたまり始めているのに、それもお構いなしだ。
その時、家の玄関が開き女性が出てくる。サラの母親だろう。
「朝から大きな声出さないで。御近所に迷惑でしょう」
「娘が連れ去られようって時に言うことか?」
「連れ去られる? あらサラ。いつの間に外に出たの?」
両親そろって昨晩彼女が不在だったことにも気がついていない。もっとも気がついていれば、真剣に捜索して、今頃怒られていたかもしれないけれど。
家庭としては間違いなくその方が健全だ。
「はぁ。昨晩はこの冒険者達と一緒にいたらしい。散々付き合いをやめるように言ったのに、まだ夢みたいなことを言っているんだ」
「……あなたが上からばかりものを言うから反抗しているだけじゃない?」
「……そう言うのならお前が話せ」
「言われなくてもそうするわ。サラ、あなたは神子なんだから、一生懸命勉強をして、この国や人のために働くのよ。神様はきっとそのためにあなたへ力を授けてくれたのだから。魔が差しただけなのよね?」
「お母さん……。あの、私、前みたいにもっと家族で一緒にご飯食べたり、お祝いしたり、どこか出かけたりしたくて。お父さんとお母さんにも仲良くしてもらいたくて」
サラの母親は困ったように笑い、サラの肩に手を置く。
「私達もそれぞれ立場があるの。他の人に期待されているのよ。皆のために少しくらい我慢して頂戴、もう小さな子供じゃないのだから。もしかしてその腹いせに冒険者になるなんて言ったのかしら? さ、悪い遊びばかりしないで、学園に行く準備をして頂戴」
柔らかい話し方をしているだけで、言っていることは父親と大して変わらない。ハルカは増々肩を落として、顔も上げられなくなったサラを見ていられなくなってしまいついに口を挟んだ。
「あの、彼女の顔を見て何も思わないんですか?」
二人から同時に嫌な目つきを向けられたけれど、ハルカは怯まなかった。行き場のない感情が心の中で渦巻き、なぜだか自分が悲しくなって泣きそうな気分だった。