子供の嘘と本音
「サラさんは、なぜそんなに私についてきたいと思うのですか?」
サラを目を伏せて、ゆっくりと話し始める。
「……私の両親は熱心なオラクル教徒です。元々はそうではなかったのですが、私が神子であると分かってからそうなった、というのが正しいのかもしれません」
暗い話をしているわけではないのに、サラの表情は浮かない。
「私も自分が神子だとわかった時は嬉しかったです。貧しいながらも母がご馳走を作ってくれて、父が仕事を早く切り上げて祝ってくれました。神子になったことではなく、多分両親が私を見て喜んでいることが嬉しかったんです」
「ご家族の仲がいいんですね」
「はい、その時は。神子がいる家には、毎月国から補助金が出ます。父は仕事を辞め、教会のために働きはじめました。母もすぐにそれに続きました。二人ともそれは熱心に毎日教会に通い、いつしか大事な仕事をも任されるようになったと聞きます。教義の通り、隣人を愛し、人によく頼られるようになりました」
「……ご立派な両親のように思いますが」
「はい、きっとそうなんです。……でも、その代わりに、家での会話はほとんど無くなりました。二人とも毎日くたくたになって帰ってきます。外で食事を済ませて眠ってしまいます。時間だってまちまちです。……最近では顔を合わせることだって稀です」
ハルカは自分の小さな頃のことを思い出す。共働きの両親にたまの休みにしか会えず、夜はいつも寂しい思いをしていた。
「前にハルカさんについて行ってみたいと話した時、すごい剣幕で叱られました。神子に選ばれたのに恩知らずなことをするな。他の国の冒険者なんかと関わってと。そんな言い方はおかしいと反論して、私は初めて父に頬を張られました。……オラクル教は、隣人を愛するはずです。ハルカさん達だって隣人です。私は間違っていますか?」
ハルカは何も答えられなかったけれど、かろうじて首を横に振った。サラと再会した時に、前よりもずいぶん明るい雰囲気を感じていたけれど、もしかしたらそれはただの空元気だったのかもしれない。
わずかにこけた頬や目の下の隈は、彼女からの助けを求めるサインだったのかもしれない。
「もしかして私が神子だったせいで、父や母が今のようになったんじゃないでしょうか。仲が良かった二人が、顔を合わせてもため息をつくのは、家にあまり帰らないのは、体を壊してまで働くのは、私のせいじゃないでしょうか。だったら私は、多分もう、あの家にいない方がいいんじゃないかって思うんです」
「……つまりハルカについてきたいわけではなく、家を出るためにハルカを利用しようっていうことです?」
淡々とした言葉はモンタナから発せられた言葉だった。厳しい意見に、ハルカは驚いてモンタナの方を見る。
「あっ……。それは……。…………それも、あるんだと思います。でも、ハルカさんの強さに憧れたのは本当です。自分の好きなように生きる冒険者は、かっこいいと思いました。嘘じゃないです」
「そですか」
モンタナはちらっとハルカの方を窺ってから、微笑む。
「ハルカは真面目ですから、ちゃんとご両親に許可取らないと心配するですよね?」
「あ、ええ、はい、もちろん。お一人で行くのが心配でしたら明日一緒に伺いましょうか。あまり頼りにはならないかもしれませんが……」
「で、でも、ハルカさん達が嫌な思いをするかもしれませんし……」
「良いんですよ、別に。大事な娘さんを勝手に連れていくわけにはいきませんから、どちらにしても許可は取らないといけないんです」
「私が勝手についていこうとしているだけで……」
「いいえ、街で噂になるくらいの優秀なお子さんを、他の国まで連れていこうとしているんです。ご両親の対応如何によっては、もう少しだけ期間を設けるかもしれません。……サラさん、もう一度しっかりご両親とお話ししてみましょう」
「……ご迷惑をお掛けします」
「んー、うちはさー」
コリンがいつの間にか頼んでいた飲み物に口をつけながら、のんびりとした口調で話しかける。
「最近クランも作って、拠点も作ってるんだけどね。人が少ないんだよねー。特に普通の常識持ってる人が。サラちゃんみたいな子がいてくれると助かるかも。だからね、心配しないでもいざとなったら、無理やりにでもさらっていくから」
サラが暗く俯いていた顔を上げて、明るい顔を作ってみせる。
「そんな、私なんて……」
「はいはい、良いから食べて飲むの。せっかく再会したんだから。ほら、何飲むの、メニュー見て」
椅子を寄せて、肩に触れさせ、コリンは古びたメニューを広げる。すっかり最初に出会った頃のおとなしい雰囲気に戻ってしまったサラは少しおどおどしながら、メニューを決められず迷っている。
「食べられないものとか嫌いなものある?」
「な、ないです」
「じゃ、適当に頼むね。今日は帰らなくていいの?」
「多分いなくても両親は気づかないと思います」
「じゃ、今日は泊まりね。明日の朝何時頃に行けば両親は家にいるの?」
「朝の、五時くらいには」
「早すぎない!?」
「でもそれくらいには確実に二人ともいるはずです」
「じゃあそれくらいに間に合うように朝起きないとね。ハルカ、モン君、お酒飲んじゃダメだからね。アルはもう潰れてて手遅れだから」
振り返ると、早くもテーブルに突っ伏したアルベルトと、その背中を叩いて笑っているフラッドの姿が見える。
きっとまた二日酔いコースだ。
「アルベルトさん、お酒弱いんですね」
「後で治癒魔法かけてあげましょうか」
「そうしてあげて、今回は同情の余地ありだし」
調子が戻ってきたのか、サラはクスリと笑う。
実は今日の功労者はアルベルトなのかもしれない。





