すれ違い
人通りの多い門の近辺からは離れて、だだっ広い場所にたどり着く。学生が幾人か魔法の訓練をしていたり、何かの実験をしているのが見られるが、広すぎて声が届く範囲には誰もいない。
「さて、わざわざご足労いただき申し訳なかったのう。だがあの場で戦われては困るんじゃよ。双方とも、学び舎というものに対する理解をいただきたいところじゃ。帝国将校と上級冒険者の喧嘩など看過できるものではない。ここはひとつ、儂の顔に免じて話し合いをしてはいただけぬか?」
「俺は元々そのつもりだった」
ぬけぬけとそう言ったのはムバラクだった。
ここまで歩いてきて頭が冷えたのか、アルベルトは言い返すのを堪えた。
「北方大陸にいるダークエルフが、黒髪の子供を連れて歩いていると耳にしたことがあってな。確認までに声をかけただけだ」
情報が少しずつ抜けているらしい。大きな国だから諜報員もたくさんいるのだろう。ハルカが何と答えるか考えているうちに、アルベルトが言い返す。
「じゃあもう話は終わりだな」
「今は連れていないようだが、過去に連れていたことは? 生後間もない赤ん坊だ」
「何で答えなきゃいけねぇんだよ」
「やましいことでもあるのか?」
「何で知りてぇんだよ」
「言えん」
「話にならねぇな」
再び睨み合う二人を見て、老人が笑う。
「若いのぅ」
「あの、止めていただけたりしませんか?」
「いやいや、別にここでなら多少暴れても誰にも迷惑かからんからのう。儂は生徒たちの安全を確保するという仕事は果たした。争わぬようにお願いもした。ここから先は、お客様方次第じゃよ」
ハルカは諦めて間に入ることにした。
勝手に始めた争いなのだから、この老人に頼ろうとすること自体が間違っている。確かに自分達だけで解決する問題だ。
「失礼します。私達は冒険者ですから、活動に関する守秘義務があります。比べるのは失礼かもしれませんが、あなたが帝国の将校として忠実に仕事をこなすように、私達にも譲れない事があるんです。ご理解いただけませんか?」
ムバラクは口を真一文字に結んで黙り込んだ。もう数瞬黙り込んでいたら、無視しているのではないかと判断してもいいくらいには、じっくりと考えてから返答が戻ってきた。
「……そこを曲げて、教えてもらうことはできないか。それから、これは陛下より賜った仕事ではない。俺が個人として気になっていることだ」
「個人的な理由ならば、せめてそちらの理由を聞かせていただけませんか?」
「陛下の弟が、さらわれたらしい。陛下はもう探す必要はないと俺に言うのだが、それでは寂しいではないか。母が違うと言えども肉親だ。ただでさえ父を弑さねばならなかったのに、弟までも諦めねばならんのか? 王は人らしく生きることを望んではいけないのか? きっと俺が弟君を見つけて連れて行けば、陛下は喜ぶと思うのだ。だから、知りたかった」
聞いていた話と違う。しかし情報を引き出すために嘘を言っている可能性もある。知っていますと言い出すわけにはいかない。ユーリの安全のことを考えれば、しらを切るのが正しいはずだ。
「依頼で……、子供の保護をしたことはあります。連れて旅をしたことも。ただ、その子の髪は茶色でしたよ。伝え聞いた話なのでしたら、イースさんの容姿と混ざってしまったのではないでしょうか?」
後ろに立つイースを指し示すと、ムバラクは腕を組んだまた考える。
誤魔化されてくれるといいのだけれど、将校ともあろうものがそんな単純だと思えない。次にくる質問を想定しながら、ハルカは考えを巡らせる。
「……確かに、黒髪だな。迷惑をかけた協力に感謝する」
物分かりが良すぎる。何かその後に続くのではないかと身構えていたのだが、くるりと振り返ったムバラクは、そのまま門の方に向けて歩き去って行ってしまった。拍子抜けしすぎて、ハルカは黙ってそれを見送る。
「……あの人、本気で言ってたですね」
「弟を見つける、って話?」
「そうです」
「……ふーん」
ハルカはモンタナとコリンの会話を聞いて増々訳が分からなくなった。帝国の中にも派閥があるのか、それともこちらの持っている情報が間違っているのか。どちらにしても迂闊にユーリのことを差し出すわけにいかないのは確かだ。罪悪感があるからといって、そこは譲れない。
「なんじゃ。特級冒険者の魔法が見られると思ったんじゃがのう」
ムバラクがいなくなってすぐ、学園長と呼ばれた巨大な老人が呟く。
「のう、一つ魔法を見せてはもらえんか? わざわざ出張ってきたのに収穫がないなんて、あんまりだとは思わんか?」
「学園長……、もしかしてそのためだけに出てきましたか?」
「いやいや、生徒の保護と、そのためじゃな」
「……見せません」
「なんじゃ、つまらん。気が変わったらまた学園を尋ねると良いぞ。特級の魔法なんて滅多に間近で見られんからな。ほれ、一筆書いておいたから、見せる気になったら、そいつを門番に渡すんじゃぞ」
「あ、どうも」
片手でさっと差し出されたものを、両手でしっかりと受け取る。
何とも準備のいいことだ。
「達者でな」
名刺には大きく名前が書かれている。
ガリオン=グベルナー。
この世界の老人はどうしてこうも癖が強いのだろうかと思いながら、ハルカは名前だけが書かれた紙を手帳の間に挟みこんだ。
「あの、話終わりましたか?」
目をキラキラさせたサラに声をかけられる。
そうだ、まだこの子の話が残っていた。
「ええっと……。どこかで食事でもしながら話しましょうか」
「はい! 望むところです!」





