知っているはず
「ほぉ、冒険者ですか。いつかは立派な鍛冶師か冒険者になるとは思っておりましたが、案の定でしたなぁ。坊ちゃんが顔を見せなくなって、皆心配していたんですぞ。原因を作った、ほら、あの若造。オクタイといいましたかな? やつには私も武器を売らないと決めております」
「もう仲直りしたから、大丈夫です」
「いや、我々の癒しを奪った罪は重い」
顎を引いて強く主張するアフマドの気持ちは分からないでもない。もしモンタナが傷つけられて家に籠ってしまったら、ハルカはモンスターペアレントみたいにならないとは言い切れなかった。
実際のところ本人にとってそれが良いことなのか悪いことなのかは微妙なところなのだけれど。今だってハルカの目からは、モンタナが少し困っているようにも見えた。
「ええっと、お仲間様のご紹介頂けたりしませんか?」
商人の勘なのか、アフマドもそれを敏感に察したようで、話を変える。低姿勢のまま自分の会話ペースを維持するのは流石と言ったところだ。
「アルとコリンとハルカです」
「ほうほう、アルさんは立派な剣をお持ちですな。しかし、どこかで見たことのあるような……?」
「貰いもんだからな」
「失礼ですが、どちら様に」
目を光らせながら更に一歩踏み込んでくるアフマド。特級冒険者の名前を軽々に出すのは気が引けたのか、アルベルトの眉間に皴がよる。もうほんの少しでも触れれば「うるせぇ」が飛び出すところだ。
「あーっと、それはそうと、そちらの女性。ダークエルフの方とは珍しい。噂でしか知らぬダークエルフ様に会えるとは、何たる僥倖。武器が入り用でしたら、ぜひぜひ私にご用命くだされば……」
「いい加減うるさいぞ、武器商人」
「これはこれは……、あなた様だけに話題を振らず申し訳ない。そう憤らずに、お名前だけでも頂けませんでしょうか?」
「……よく回る舌だ。国外で俺に会わんように気を付けるんだな」
「ははは、怖いですなぁ。して、お名前は」
「……ムバラク。帝国将校だ」
「ほーう、帝国と言えば、現皇帝陛下もこの学園で学ばれたと伺います。さぞかしご聡明な方なのでしょうなぁ」
ムバラクの鼻の穴が僅かに膨れ、眉が上がる。
「なにやら飛び級で卒業し、その後は帝国に戻り軍備を整え、自らの手で人材を見つけ、戦場に出れば八面六臂の大活躍。去る年には乱れた先帝を打ち倒し、国民からは大層な支持を得ているとか」
「…………詳しいではないか」
「そんな飛ぶ鳥も落とす勢いの帝国将校様が、いったい学園にどんな御用で?」
「ふん。我が国もこの学園には投資しているからな。折を見てこうして視察に来ることにしているのだ」
「なるほどなるほど、お勤めでしたか。それはお騒がせして申し訳ありませんでした。以後静かにしておりますので、どうぞご寛恕くださいませ」
「わかればいい」
すっかり険の取れた顔になったムバラクは、鼻から息を吐いて腕を組んだ。
ハルカは二人のやり取りを目を丸くして眺めていた。
積極的に話をするためには、それをうまくまとめる努力も必要なのだ。ここまでとはいかないまでも、自分も話術を磨かなければなぁとハルカは感心していた。
ハルカの場合、大抵の会話を暴力で終わらせることができるのだが、本人にその自覚がないためにとても謙虚に目の前の事態を受け止める。特級冒険者と分かった時点で相手側が委縮し譲ることが殆どなのだが、未だにそれを理解していないようだった。
再び静かになった客車内に、案内人の声が響く。
「さて、軽く一周いたしましたので、後は皆様ご自由になさってください。こちらの証明書を首からぶら下げていれば、今日一日は自由に学園内を散策できますので」
まずムバラクが客車から降り、それにイングラム夫妻が続く。アフマドが重い体をゆっくりと動かしステップを下っていくのを見送ってから、ハルカ達はようやく客車から降りた。
「皆様は先ほどご案内したカフェテラスへ向かってください。待ち合わせの方がいらっしゃると申しつかっております」
「ありがとうございます、承知しました」
案内人から証明書を受け取り、まっすぐにカフェテラスへ向かう。ちらほらと学園生の数が増え始めている。門の方から入ってくるものもいれば、建物から出てくるものもいる。お昼時なので、丁度休憩の時間なのかもしれない。
「なんか、随分準備がいいよな」
「昨日別れた時点で準備していたんだと思うよ」
アルベルトにイーストンが答える。
「断らねぇって読まれてたってことか?」
「断らなかったときに不自由がないように準備してくれてたんじゃないー?」
ハルカもコリンの意見に同意だ。コーディは割とそういう気のつかい方をするタイプだろう。相手を驚かすのも好きだから、こういった準備もウキウキしながらやったのだろうと想像がついた。
「……これ誰が待ってるんです?」
素朴な疑問を口にしたモンタナに答えるものはいない。誰もが、誰かしらがコーディから話を聞いていると思っていたが、この沈黙がそうでないことを物語っていた。
「とりあえず、行ってみましょうか。待ち合わせというからには、きっと知り合いなんでしょうし」
流石に成長期の子供と言っても、一年で誰だかわからなくなるほど成長することはないだろう。
そう思ってたどり着いたカフェテラスだったが、何とも人が多い。これではたとえ見知った顔があったとしても見つけることは困難だろう。何か目印のようなものを聞いておけばよかった。
ハルカ達が固まって右往左往していると、学生たちは少し距離を取って避けて歩く。
もしかしたらダークエルフの存在を避けているのかもしれないし、単純に身なりのあまり良くない冒険者たちに近寄らないようにしているだけかもしれない。
そんな中ただ一人、女性生徒の好意的な視線を集めているイーストンは流石の王子様っぷりだ。冒険者らしい格好していてもそれは健在らしい。
カフェテラスには制服の少年少女と、私服の少し年上の青年たちがいる。何歳までは制服を着る、といったような決まりがあるのかもしれない。
途方に暮れながらも、しばらく動き回るがやはり知り合いらしき人影は見つからない。諦めて目立つところでカフェテラスを見渡していると、後ろから突然声をかけられた。
「おい、何してんだよ」
振り返るとそこには、金髪のボーイッシュな女の子が立っていた。制服でスカートを履いており、気の強そうな眉が吊り上がっている。ハルカ達はこの顔を知っている。
しかし、どういうことだろう。
「なんだよ、皆して口開けて。お前らうろうろすると目立つんだよ。席とってあるから早く来いよな」
誰も歩き出さないのを見て、イーストンだけは首を傾げる。
振り返ったその少女は、変わらず乱暴な口調で大きな声を出した。
「早くしろって言ってんだろ! なにぼさっとしてんだよ」
「お前、なんで女装してんだ?」
「は? 学園の制服なんだから仕方ないだろ」
双子の片割れテオは腰に手を当てて、不機嫌な顔でアルベルトにそう言い返した。