保護者会
ハルカはふかふかの布団に寝転がって、明日のことについて考える。
コーディから、久々に来たのだから学園に顔を出して、レオやテオ、それにサラの顔を見ていかないかと提案をされていた。やけにお勧めされたのが少し気になるけれど、再会したい気持ちもある。
最後に会ってから既に一年以上が経過した。あのくらいの歳の子たちの成長というのは著しい。大人の一年間なんて、ただ忙しく仕事をしていれば過ぎていく期間でしかないが、子供にとってはそうではない。
一時的な熱に浮かされて、自分たちについてこようとしていたサラなんかは、今頃すっかり学園生活を楽しんでいるかもしれない。ほんの少し寂しいような気もするが、そうなっていてほしいと思う面もあった。
だとしたら、会わない方がいいんじゃないかとも思うのだが、それは大人のエゴのような気もする。結局判断は仲間達に委ねることにした。
彼女のことが嫌いなわけではなかったが、誰かの憧れを背負うというのは、どうもハルカにとってはまだ荷が重い。
自信を持てるようになれば違うのだろうけれど、そんな自分をハルカは想像することができずにいた。
翌日、ハルカ達は馬車に乗ってゆっくりと学園を案内されていた。
そういったことを専業としている者がいるらしく、右手にはなんちゃら、左手にはうんちゃらと丁寧に解説しながら進んでくれる。まるで観光バスの添乗員さんだとハルカは思ったが、誰にもそれを共有できないのが少しもどかしい。
馬車で案内されていることから分かるように、学園は非常に広い。あらかじめ馬車が通れるように広い道が作られているのも当然と言えた。
大きめの客車にはハルカ達以外にも、よく肥えた商人らしき人物と、貴族らしい夫婦が一組、気難しそうな軍人が一人乗っていた。
向かい合うように座る配置になっていたので、できるだけまとまって座ったのだが、乗客同士の距離は近い。自然と互いのことを観察するような形になってしまう。
軍人然とした男性は、ひとしきりハルカ達の方を値踏みした後、一度自分の腰に提げた剣を確認してむっつりと黙り込む。ハルカ達の戦力をなんとなく確認して不安になったようだ。
ハルカ以外はそれに何となく気がついていたが、特に反応を示すことはしなかった。ここにレジーナがいたら話は違っただろうが、一先ずいちいち火種を作ることもないと、大人の反応だ。
しばらく案内をして、話すことも無くなってきたのか、添乗員は「それではごゆるりとご観覧ください」と言ったきり、たまにしか喋らなくなってしまった。
夫婦の女性の方は、先ほどからそわそわとしており、今にもハルカ達に何かを話しかけようとする姿勢であったが、その度旦那に膝をトントンと叩かれて、不満げに背もたれに寄りかかることを繰り返している。
ハルカはまるで餌を待っている犬みたいだなと笑いそうになってしまったが、人に対しては些か失礼な評価だなと涼しい顔を作って目を逸らした。
説明に興味がないモンタナは、暖かい日差しの中でお昼寝。
静かな客室内に「あのぉ」と少し高めの穏やかな声が響く。
モンタナ以外が一斉にそちらを向くと、声の主であった商人らしき男は「ははは」と鼻の下を擦って何やら誤魔化してから、話し始める。
「いや、折角こうして客室で一緒になったので、少しお話でもできたらなと思いまして。私、ドットハルト公国で武器商人をしております、アフマドと申します」
「あら、とっても素敵な考えね!」
手綱を振り切ってすっかりご機嫌に身を乗り出したのは、栗色の長い髪を綺麗にまとめた奥様だった。旦那の方は額に手を当ててから、妻をなだめるようにまたその膝をトントンと叩き、諦めたように口を開く。
「ウォルト=イングラムだ。王国で子爵位を賜っている。こちらは妻のジーン。息子に魔法の才がありそうなので、ここに通わせるために視察に来た」
「これはこれは、子爵様であられましたか。ご自身でいらっしゃるとは、大層お子様思いですなぁ!」
「そんな大層なことじゃない。……妻が旅行に行きたいというので仕方なくな」
それを聞いたジーンがウォルトに身を寄せ、ウォルトがその肩を抱く。随分お熱いらしい。軍人らしき男が、白けた顔をして目をそらすのが見えた。
「ええ、ええ。素晴らしい夫婦愛です。ありがたいことにうちの倅も魔法の才に恵まれたようで、来年からここに通うことになっていましてね。もしお坊ちゃまと出会うようなことがあれば、是非とも仲良くしていただきたいものです」
揉み手で伝えてから、アフマドは今度はその恵比須顔をハルカ達の方に向ける。
「そちらの皆さんは、なぜ学園の見学に? 皆さま見た限りではまだ随分お若いように見えますが……。もしや、そちらでお休みになっている可愛らしい坊ちゃんが、こちらに通うのですかな?」
お休みになっている可愛い坊ちゃん、すなわちモンタナのことだ。アルベルトが、ぶっと空気を噴き出した。客室から体を乗り出して外を見ていたくせに、しっかりと話は聞いていたらしい。
うっすらと目を開けたモンタナが、ジト目でそれを見ているが、外を見ているアルベルトは、それに気づかずに声を抑えて体を震わせている。
何かを間違えたことに気づいたらしいアフマドは、しばし思考のため黙り込む。その間に笑いから復活したアルベルトが、体勢を戻してアフマドに告げた。
「こいつ、もうえーっと、十七か? だぜ。俺より年上」
「それ、は、それは、失礼いたしました! いやはや、どうも私間抜けなもので……………ん?」
汗をふきふき誤魔化していたアフマドは、途中でいきなり動きを止めてモンタナをじっと見つめた。それがあまりに熱心だったので、ハルカは心配になって、間に身体を入れようかと思ったくらいだ。
急に真顔になったアフマドは、顔をぐっと前に出して、モンタナに告げる。
「あの、もしかして、マルトー工房の坊ちゃんでは?」
「…………あ、アフマドおじさんですか」
「うおぉぉお、ご立派になられて。ここ数年めっきり顔を見られず心配していたんですぞ!」
抱き着かん勢いで立ち上がったアフマドに、横合いから冷たい声が浴びせられる。
「やかましい、せめて座って話せ」
軍人らしき男の言葉に、もっともだと思ったのか、アフマドは体を小さくして座席に座り、それでもなお続けた。
「いやぁ、ホント、こんなところで出会うなんて、人の縁ってあるもんですなぁ……」