中型竜
当日の天気は晴れでも雨でもなく、たまに太陽が見え隠れするくらいの曇天だった。
すぐに出発できるように、街の西門で待ち合わせすることになっている。
先に来て待っているつもりだったが、どうやら木材を運ぶ荷駄役の人が先に来て準備をしていたらしく、四人はそこに合流することになった。
レジオン側の主要人物たちが来るまで特にすることもなかったので、彼らの積み込みの手伝いをする。重い荷物をひょいと持ち上げるハルカとそれに対抗するようによく動くアルベルトの手伝いもあって、積み込みは予定より早く終わったようだった。
「いやぁ、若い人がいると仕事がはかどっていいねえ。しかし君たちは護衛なんだから、こんなに手伝ってくれなくてもよかったんだよ?」
「いいってことよ、張り切って早く来すぎたからな、動いたら目が覚めてちょうどよかったぜ」
額に汗を流しながら、アルベルトが答える。どうやらハルカに対抗してペースを乱されたようだった。荷駄役のリーダーらしき人が、笑いながらアルベルトに水を差し出した。四十歳ほどの人の好さそうな糸目のおじさんだ。
「なんにしても助かった。私はコーディと言うんだ。荷物管理とそいつの世話役ってところだね。これからどうぞよろしく」
コーディが輓獣を指さしてから、アルベルトに手を差し出した。
「ああ、結構長い期間一緒になるんだから、手伝えることがあったら遠慮なく言ってくれよな!」
アルベルトもその手を取り、ぎゅっと握った。
そんな微笑ましいやり取りがおこなわれている中、ハルカはその指さされた荷を引く生き物に心を奪われていた。
そこにいたのは巨大なトカゲだ。足は恐竜のようにとげとげしており、背は人ほどしかないが、身体の下の方に重心があり、ちょっとやそっとじゃ転びそうにない頑丈な体をしている。顔もごつごつしていて、少し眠たそうな目をしていた。ベロっと長い舌を出したり引っ込めたりしている。いかにも爬虫類っぽい仕草だ。
ハルカは感動していた。
街の外で遠くに見ることはあったが、こんなに間近で見るのは初めてだった。
この生き物は地龍と呼ばれる中型のドラゴンなのだ。
ファンタジーの世界と言えば、剣と魔法、そしてドラゴンだ。まるで恐竜のようなその迫力に、手を伸ばして触ろうとしては引っ込める。もし怒らせて暴れたりしたらどうしよう、とか、勝手に触ったら怒られるかな、とか、嚙みついたりしないだろうか、とかそんなことを考えながら、小さな子供みたいなことを繰り返していた。
「お嬢さん、竜を見るのは初めてかな?」
先ほどまでアルベルトと談笑していたコーディが近寄ってきて、竜の頭をなでる。
「こいつはオジアンって言うんだ。大人しいから撫でても大丈夫。小さなころから世話をしてるからね。しかし……、黙々と作業してるからもっと大人なのかと思っていたんだけれど、もしかして君は思ってたより若いのかな?」
ハルカは恐る恐る手を差し出し、そのごつごつした頭をなでる。ひんやりしていて、小さな頃捕まえたことがあった、かなへびにそっくりの触り心地だった。当時は自切してしまった尻尾に驚き、申し訳ない気持ちになったものだったが、これだけ大きければ、ハルカがいくら撫でまわしてもそんなことにはならなそうだ。
「わっ」
長い舌がベロンと伸びて、ハルカの手の甲に触れる。驚いて手を引いたハルカだったが、オジアンは身じろぎもせずにハルカの手の動きだけを目で追っていた。
「こいつも握手のつもりかもしれないね」
ぽんぽんとオジアンの頭を軽くたたいてからコーディが手を差し出す。
「コーディだ。よろしく、フードのお嬢さん」
そう呼ばれて、ハルカは慌ててフードを外してその手を握った。遠征の日程はおよそ一月ほどかかる。いつまでもフードで顔を隠しておけるわけはないし、何より失礼だと思ったからだ。
「ハルカ=ヤマギシと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
両手で握り頭を下げる。
コーディは驚いた顔をしてハルカのことをまじまじと見た。
「いやぁ、ダークエルフなんて昔一度見たきりだ。丁寧な挨拶をありがとう、ハルカさん」
書物を読み込んだ限り、特にレジオンの方でダークエルフが差別されているというようなことはなさそうであったが、物珍しそうにする様子にハルカは少し心配になった。
「やっぱり珍しいですか? 不都合とかがないといいんですが」
「そんな不都合なんて……、ああ、いや。うん、まあ心配しなくても大丈夫」
コーディが大げさに手を振ってそれを否定しようとして、途中から苦い表情を浮かべた。そんなことをされては心配するなと言われても心配になる。
「もし何かあるのでしたら、あらかじめ教えていただければ気を付けますが」
「ホントにそっちで気にすることじゃないんだよ。ただなぁ……、最近学院で変な噂が流れてるらしくてなぁ。気を悪くしないでほしいんだけど、ダークエルフが破壊の神によって生まれた、とか言い出す子たちがいるらしくてね。こっちの方じゃあまり見ないせいで、偏見を持っているんだろう。連れてきてる子たちがそうじゃないといいんだけど」
「それは……、顔を隠してたほうがよさそうですね」
「しかし護衛って言っても別に従者ではないんだ。そっちにばかり苦労を掛けるわけにはいかないよ。私からもよく言い含めてみるけど、もし不快なことがあったら遠慮せずに必ず教えてほしい」
やっぱり隠したほうがよさそうだとも思ったが、これ以上言ったところで堂々巡りになりそうだった。なによりコーディがちゃんと大人の対応をしてくれていたので、信用してみようかなという気になっていた。
ローブをもらって以来癖になってしまって、ずっとフードをかぶってきていたが、別にこの容姿のせいで町で差別されたことも特になかった。今回も大丈夫だろうという楽観的な考えもあり、ハルカはコーディの言葉に頷いた。
「ではお任せします。そちらからも何かあれば教えてください」
話を切り上げると、モンタナがハルカの袖を引っ張った。
「変なことあったら守ってあげるですよ」
「そうそう、大丈夫よ。それにしてもハルカの髪はやっぱり綺麗ねー、いいなー、これで手入れしてないって言うんだからずるいわよねー」
背中にくっついて髪に頬ずりするコリンにハルカは身動ぎする。うなじに呼気が当たってくすぐったかった。
「コリン、ちょっとヴィーチェさんっぽい」
「えっ、今のなし!」
すっと姿勢を正したコリンは、すごく嫌そうな顔をした。一級冒険者みたいだと言われてそんな顔をするなんて失礼な話だったが、まぁそれも無理もないと思う。コリンの顰められた顔を見て、ハルカはなんだか可笑しくて笑ってしまう。
「笑ったです」
「ね、今笑った!」
隣で二人が騒いで、あれ、そうかなとハルカは自分の頬をなでた。自覚はなかったが笑っていたようだった。
「ん、なんだ、なぁに騒いでんだ?」
後ろからアルベルトが歩いてきて、三人の顔を覗き込む。
コリンがいたずらっぽく笑って、アルベルトに言った。
「ふっふっふー、教えないよーっと」
「なんだよ! 教えろよ、気になるだろ!」
二人が元気に荷馬車の周りを跳ね回る。
今のところはまだ、平和で楽しい旅になりそうな予感がしていた。