モードチェンジ
「にわかには信じがたいけど、いるんだね、混血って」
「他に例はないのかな?」
「いや、【朧】には鬼との混血がいるという噂を聞いたことがあるかな……? 情報を集めている私がそれくらいしか知らないのだから、相当に珍しいのだろう」
「ふーん。僕はね、話の分かる人がいると聞いてきたんだ。一応身の危険を冒してね。ハルカさん達のことは信頼しているけれど、あなたのことはまだ信用できない。なぜ話の通じる破壊者を探しているのかな?」
イーストンは穏やかな表情のまま、コーディと対等に話をすすめる。市井で穏やかに、どちらかと言えば人に流されるようなイーストンの姿ばかり見ていたハルカ達は、驚いて経過を静かに見守った。
考えてみればイーストンは、長いこと生きているし、今までたった一人で各地を渡り歩いてきたベテランの旅人だ。そのうえ国の王子としてしっかり教育も受けてきているだろうし、他者と交渉する機会だってたくさんあっただろう。
『穏やかでいつも微笑んでいる美人なお兄さん』は、ハルカ達や力ない市民に向けられる顔であって、身分があり油断のできない相手に対して見せる顏ではないということだ。
「もちろん話すよ。でもさ、身の危険を冒して、というけれど、特級冒険者であるハルカさんが一緒にいて、きっと事情を知っているであろうその師匠を故郷〈オランズ〉に残しているんだ。安全性は十分に確保しているんじゃないかな?」
コーディは手を組んで体を前傾させて肘をついた。二人の視線が交差して、しばしの沈黙が流れる。ハルカは信用している二人がこうして相手の懐を探り合っている状態が、あまり心地良くなかった。
「コーディさん、私はあなたがいつか破壊者と交易をし、共栄しようという考え方を持っていると聞いて、彼を連れてきました。イースさんを紹介する際に期待していたのは、あなたのその少年のような好奇心と、夢を見る姿勢です。私の友人同士として会話をしていただくよう希望します」
「や、うん、言うようになったね」
コーディが大げさに両手を上げて背もたれに寄りかかるのを見て、ハルカは続ける。
「イースさん、コーディさんは確かに教会で立場があり、油断のならない人物に見えるかもしれません。確かにそういった面もありますが、ユーリを救ってくれた人でもあります。まじめに人と破壊者の関係について考え、発展させようとしている、柔軟な思考を持つ人でもあります」
「あ、うん、大丈夫。別に喧嘩しているわけじゃないからね」
イーストンはいつものような穏やかな微笑を浮かべて、ハルカを宥めるようにそう言った。それを見たハルカは、そこでようやく、自分が余計な口を挟んだのではないかと思い、体を小さくした。
「なんというか、ハルカさんを心配させても仕方ないから、お互いもう少しフランクに話すことにしないかい?」
「そうしようかな。僕も喧嘩しに来たわけじゃないからね」
「それはよかった。私はね、実は神人大戦って、別に一方的に人間が攻撃されたわけじゃないと思ってるんだ。でね、会話ができる相手なら、協力関係を結ぶことも可能なんじゃないかって」
「まあ、僕の国は人間の方が人口が多いからね」
「国?」
「うん。どこにあるかは教えない。王は僕の父で、国内では人間たちが自由に暮らしている。もちろん奴隷なんかじゃないよ。その観点から言えば、人と破壊者の共存は可能だね」
コーディが難しい顔をして、整えられた顎髭をさする。
「……その国に案内してもらうことは?」
「今は無理。それくらいあなただってわかるでしょ?」
「それはそうか、うん、確かに。では私がもっと地位を得て、破壊者との窓口を作れるようになったらどうだい?」
「夢みたいな話だね。僕は一応人の世界に長くいるから、オラクル教の教義くらいは知っているよ? それがどんなに困難で、危険を伴うのかもね」
「うん、困難で危険が伴うというのは、挑戦しない理由にはならないね。どうだい、窓口を作ったらその国に私を案内してもらえるのかな?」
「……ホントだ。思ったより子供っぽい人だね」
イーストンがハルカの方を見て笑う。会話をしながら目を輝かせ、段々と前のめりになっていくコーディの姿は、確かに少年と見紛うような表情をしていた。今も真剣な面持ちでじっとイーストンの答えを待っており、先ほどまでの余裕のある大人の顔はすっかり捨ててしまったようだった。
「うん、もしそんなことができるならね。でも気を付けてよ? 途中でばれて僕のことばらしたりしないようにね」
「うん、その時はちゃんと妻を連れて国外に逃げ出すことにするよ。ハルカさんのところに行けば匿ってもらえるかな?」
「……え?」
「特級冒険者は治外法権みたいなところがあるからねぇ。ほら、協力関係だし、これからも君たちにはできる限りの便宜は図る。私を教会との窓口にしておくと、いろいろと便利だよ」
「あー、いえ。そんなことをしなくても、匿うくらいはかまいませんけど……。ユーリも喜ぶと思いますし」
「イーストンさん、聞いたね? 証人になってくれるかな?」
悪戯っぽく笑ったコーディが、先ほどまでやり合っていたイーストンに話を振る。イーストンは苦笑いだ。
「まぁ、聞いちゃったからね。でも僕にそんなものを求めなくても、ハルカさん達はあなたのことを守ってくれると思うけど」
「私はさ、汚い大人だからね。こういう時に保証がないと心配なんだ」
「破壊者に保証させるなんて、本当に変わってる」
二人が和やかに会話する中、ハルカは一人焦っていた。また勝手なことを安請け合いしてしまった。ゆっくりと左に顔を向けると、何かを考えている風のコリンと目が合った。
見られていることに気付いたコリンが首を傾げ問いかける。
「どうしたの?」
「いや、その、勝手に話を進めてしまったので」
「……ああ、別に文句言ったりしないわよ。だってユーリが喜ぶのは事実だし、イースさんを裏切ることになるのも嫌だし。でもそういう事態になる可能性があるなら、もーっとお金かけて、要塞みたいな拠点にしようかなーとか思ってたの」
「……要塞? おいコリン、拠点に要塞作るのか?」
「ううん、拠点を要塞にするの」
「いいじゃんか。どんなにすんだよ」
「まだ考えてなーい」
窓の外を見てぼーっとしていたアルベルトが、要塞という言葉を聞いて突然話に参加してくる。退屈で自分が入れる話題を待っていたのかもしれない。
気がつけばコーディとイーストンの大人二人も和やかなムードで会話をしているようだ。部屋の空気が先ほどよりぐっと軽くなり、ハルカはほっと胸を撫で下ろすのだった。