畏れ
外がすっかり暗くなった頃に街の一つにたどり着いた。元々この街で一泊する予定で移動していたので、到着が少し遅れたくらいで、予定には変更ない。
騎士達と共に冒険者ギルドの支部に立ち寄り、身分の照会をする。ハルカが特級冒険者になったのはもう数ヶ月前だ。自分の情報が更新されているのだろうかと、待っている間にハルカは考える。
竜便なら更新されていそうなものだけれど。
ぼんやりと長椅子に座って待っていると、慌てた様子のギルド職員にグレイルが呼び出されるのが見えた。
グレイルは身を乗り出して書類を覗き込み、上から下までよくよく確認する。それからぐるりと振り返って、表情をこわばらせたまま早足でハルカ達の方へ歩いてくる。
座ったままでは失礼かと思いハルカは立ち上がったが、仲間達は椅子に座ったままだらけている。冒険者なんて大体こんなものだ。
「失礼。あなたが特級冒険者というのは間違いありませんか?」
「ええ、はい。なったばかりで恐縮ですが、そのようで」
軽く頭を下げると、グレイルは変な顔をして首を捻った。
「ドッグタグが普通でしたので、気が付きませんでした。とにかく、空を飛ぶ特級冒険者がいるという事実は、騎士達の中で共有しておきます。トラブルを避けるため、先一週間くらいは空を飛ぶのを控えていただければ幸いです」
「あ、はい。ご迷惑おかけしないように気をつけます」
「それから、国に入るときに関所の街があったでしょう。立ち寄らない場合があるのもわかりますが、特級冒険者の方はできればそちらで入国をお知らせいただけると助かります。規則ではありませんが、それだけで国としても心構えができます」
「気をつけます……」
いよいよ本当に危険人物扱いであることを痛感して、ハルカは肩を落とした。認識がまだまだ甘かったらしい。
そういえばこの世界に来たばかりの時、特級冒険者の話を聞いて思ったことがあった。そんなヤバい人たちには絶対に近寄らないようにしよう、だ。扱いは猛獣と大して変わらない。
「念の為、入国の目的も差し支えない範囲で教えていただけますか?」
「知人に用事がありまして。ヴィスタに住むコーディ=ヘッドナートという人なんですが」
「あぁ……。あの人ですか」
「有名なんですか?」
「名門のヘッドナート家の中でも変わった方ですからね。あの人なら特級冒険者の方が訪ねてきても不思議じゃありません」
コーディが身分のある人物であるというのは理解していたが、巡回騎士にも名が知られているほどだとは思わなかった。悪戯好きな少年っぽい人だとは思っていたが、国で有名になるくらいに変なことばかりしているのだろうか。
本当に頼っていいのか躊躇ってしまいそうだ。
「えー……、それでは他の方の身分も確認できましたので、私の方からお願いすることはもうありません。わざわざ身分の確認にお付き合いいただきありがとうございました」
敬礼をして立ち去っていくグレイルを見送って、コリンがポツリと呟く。
「この国の騎士って、真面目よね」
「騎士のほとんどは教義を守っているからね。基本的には善性の人間が多いよ」
オラクル教からは敵対するものとして扱われるはずのイーストンが、肯定的な意見を述べる。
「そうなんでしょうね。師匠もレジーナを預かった時、【王国】でも【プレイヌ】でもなく、この国に孤児院を作ったみたいですから」
「俺は騎士にはなれねぇなぁ、かたっ苦しそうで」
「僕もです。トットさんとかが案外向いてるかもです」
「え、あいつ無理だろ。乱暴だし」
トットもアルベルトには言われたくないだろうが、ハルカも同意見だ。トットが騎士に向いているとは思えなかった。
「トットさん、短気なだけで真面目です。それに上役の言うことはちゃんと聞くタイプです」
「あー、確かに。ハルカの言うことには、はい喜んでーって感じだもんねー」
そんなくだらない話をしながら、ハルカ達は冒険者ギルドを後にする。
受付の方から怯えたような視線を向けられているが、ハルカは気がつかないふりをしてそのままドアをくぐる。そんなに怖い人でないと言い訳をしたい気持ちもあったが、ここで振り返ったらきっともっと怯えさせてしまう。
思っていたより特級冒険者というのは窮屈なのかもしれない。ハルカは薄らとその面倒臭さに気がつき始めていた。
翌朝の早い時間。
市場で買い物を済ませたハルカ達は、早々にこの街を発とうとしていた。
そうしてちょうど街の外に出たところで、騎士達の一団と遭遇する。昨日よりは幾分か規模が小さいようだったが、見た顔がチラホラ混じっていた。
グレイルの姿が無いようだったから、軽く頭を下げて立ち去るつもりだったのだが、その中に件の魔法使いが混ざっているのを見つけてしまった。
あちらが気がつかなければそのままやり過ごしてもよかったのだが、タイミング悪くばっちりと目が合ってしまう。
ハルカは『昨日のことは気にしていませんよ』と伝えるつもりで微笑んでみる。無理に作ったせいで多少ぎこちなく見えたかもしれないが、最近は笑顔を褒められることも多いので、きっと大丈夫なはずだった。
はずだったのに、今ハルカは、足をガクガクと震わせたその魔法使いに、頭を下げられて許しを請われている。
何がいけなかったのか。完全に怯えてしまって、その仲間達まで集まって一緒に頭を下げ始める始末だ。
「いえ、本当に気にしていないので大丈夫です。私たち、急いでますので、この辺で」
早くこの状況から逃げ出したいという気持ちがそうさせたのか、口にする言葉がやや早足になる。がくりと膝をついた魔法使いの若者を見て、ハルカの方もいよいよ焦り出してしまい、次の言葉が出てこない。
「あのねー、こんな美女捕まえて、そんな化け物見るみたいな顔するの失礼だよー」
気の抜けた声で、場の空気を動かしたのはコリンだった。
「はい、みんな顔あげてー、ハルカの顔よく見てねー。全然怒ってないでしょ。謝られて困ってるだけ。ねー、ハルカ?」
自分では打開できなさそうな状況に見えた光明だ。ハルカは無言で首を縦に何度も振った。
「見た目の通りハルカはまだ若いんだから、寄ってたかっていじめないでよね」
「え、いや、俺たちはその、謝罪を」
「男の人がいっぱい集まってきたら怖いでしょ。ほらー、解散解散!」
しっし、と手を振って、騎士達を追いやりながら、コリンは空いた手でハルカの腕を引く。
「はい、もう出発しよ。ま、知らない人なんてあんなもんだよ、気にしない気にしない」
「……助かりました」
「うん、困ってるのわかったからね」
顔を上げると、仲間達はもう少し先へ進んでいた。小走りでそれに追いつくとアルベルトに「おせぇよ」と言われる。
「逃げ出す言い訳に出発してたです」
「別に置いてこうとしたわけじゃないからね」
二人にフォローされてハルカは笑った。置いてかれたなんて思っていなかったのに、自分が気にするんじゃないかと補足してくれたのがおかしかったのだ。彼らからするとハルカはよほど頼りなく見えるらしい。
「ええ、わかってます。お待たせしてすみません」
空を飛ぶことはできないが、歩いて行っても〈ヴィスタ〉まではあと数日だ。ハルカは歩きながら小さな地図を広げ、もう一度街道のルートを確認し始めるのだった。





