疑わしき
じりじりと武器を構えたまま近寄ってくる騎士たちを見て、ハルカはまずいことをしてしまったなぁと、ようやく反省し始めていた。人の目が少ない他の国の街道と違い、【レジオン】の街道は常に騎士たちに監視されている。
そりゃあ頭上を未確認飛行物体が街道沿いに飛び続ければ、人数を集めて追跡してくるに決まっていた。
大きなトラブルになってしまい、戦々恐々、というよりは、余計な出動をさせてしまい申し訳ないという気持ちが強かった。
どうしようかなと仲間の方を窺うと、全員がハルカの方を見て『どうする?』という表情だ。最年長なので仕方がない。正確にはイーストンの方が年上だが、今回の場合彼はお客様だ。クレーム対応をさせるわけにはいかない。
久々に社会人らしい思考をして、ハルカは表情を少し緩めた。
だがほのぼのとしている場合ではない。表情をすぐに引き締め、向かってくる騎士たちに向けて声を上げる。
「【独立商業都市国家プレイヌ】の冒険者チームです」
先頭にいた騎士が、剣を抜き警戒したままハルカ達のことをじっと観察する。
「冒険者……? どうやって空を飛んでいたんだ。アーティファクトか?」
「いえ、魔法です」
「魔法……? 空を飛ぶ魔法など聞いたこともないぞ」
「あー……、ええと……。とにかく、何も悪さはしていません」
武器も構えずに釈明ばかりしているのを見て、騎士は後ろに並ぶ仲間たちに武器を下ろすように指示をした。そうして馬から降りると五人で武器を構えたままゆっくりと近づいてくる。
「身分を確認させてくれ。こちらからも攻撃する意思はない」
「はい、結構ですよ」
ハルカはこっそりと目の前に張られた障壁を消して、胸元に下げているドッグタグを差し出した。仲間たちもそれぞれ取り出す中、イーストンだけは別の身分証を提示する。
ディセント王国バルバロ侯爵による身分保証書だった。
その騎士は一定の距離を保ったまま、順番にそれを確認して、ほっと息を吐いた。
「成程、要人の護衛任務か。いったいどんな化け物が空を飛んでいるかと心配していたのだ」
厳めしい顔で注意をする騎士の腕を、一人の男性がつつく。ローブを羽織った、細身の、魔法使い然とした男だった。
「隊長、ちょっと……」
「なんだ、後にできんのか」
そのローブの男はちらりとハルカ達の方を確認してから、首を振り、隊長と呼ばれた騎士の耳元で何かをささやく。モンタナがタグをしまって、目を細めた。
「……先ほどのは、本当に魔法か?」
せっかく疑いが晴れたと思ったのに、また騎士隊長の表情が厳しいものに変わってしまった。
「魔法ですよ、本当に」
「いえ、そんな魔法は聞いたことも見たこともありません。私はこれでもオラクル総合学園魔法科を卒業しています。最先端の学び舎ですら聞いたことのない魔法を、冒険者がそうやすやすと使っているとは信じられません」
「しかし、そうでなければなんだというのですか?」
「それは……。しかし、そもそもダークエルフがこの辺りをうろついていること自体が怪しい! 最近では言われなくなりましたが、一時期は……!」
「やめろ。憶測で言っていいことと悪いことがある」
騎士隊長が男の言葉を遮った。
きっとダークエルフは破壊の神の云々、という話を展開するつもりだったのだろう。初めてレジオンを尋ねたときに、ある程度解決した問題だと思っていたのだが、大人の中にも信じている者がいたらしい。
「……すまんが、冒険者ギルドまで同行してもらうことは可能か。失礼な話とは承知しているが、君たちのためにも疑念を晴らしておきたい」
「ヴィスタに向かいながらでよければ同行します。やましいところはありませんので」
「うむ、助かる。それからお前。種族のことで差別するような発言は控えろ。今回は不問とするが、繰り返すようだとこちらにも考えがある」
「…………私は、国の安全を思っているだけです」
「わかったのか、わからんのか?」
「……わかりました」
不満そうに返事をした男は、嫌な目つきでハルカ達の方を一度見てから踵を返した。男が離れるのを見送ってから、騎士隊長はハルカ達に話しかける。
「嫌な思いをさせたな、特にそちらのダークエルフの女性よ。学園の出身者は賢いのだが知識に縛られている者も多い。そのせいで妙な偏見を持っていることがあるのだ」
「今回は、こちらにも非がありますから」
「あの男の発言はともかく、まあ、確かに疑われるような行動は避けていただきたくはある」
「それは、本当に考えが足らず申し訳ないです」
ハルカが深々と頭を下げると、騎士隊長は快活に笑い胸を張った。
「うむ。今回起こした騒ぎと、奴の失礼な発言、お互い様ということにはせんかな? 俺はグレイル。巡回騎士の大隊長を務めている」
「ご丁寧にありがとうございます。私はハルカと申します。オランズ出身の……、ええっと、冒険者です」
身分を名乗るとき、ハルカは少し言いよどむ。
ここで特級だなんて言うと、相手が余計に緊張してしまうような気がしたからだ。ハルカは咄嗟に等級を明かすことができなかった。
グレイルについて歩きながら、仲間たちにつつかれる。
「ハルカー、ビシッと言えばいいのにー。かっこいいのにー」
「いやぁ……、なんか恥ずかしいというか、なんというか。ご迷惑かけたのに偉そうにするのも違う気がして……」
「言った時どんな反応されるのか、ちょっと気にはなったけどな」
「アルまでそんなことを。そのうち良いことをして名乗るときまで取っておくことにします」
三人がワイワイと盛り上がる中、イーストンとモンタナは、後ろで静かに思う。
どうせ身分照会されたらばれるんじゃないだろうか。
しかし言葉少ない二人は、アイコンタクトを交わし、互いに知らんぷりを決め込むのだった。