快適さと
荷物は背負えるだけの量にした。
障壁で囲って運んでもいいが、わざわざ大荷物にしなくても街に寄った時に買えば済む話だ。ただどうしても徒歩で進まざるを得なくなる場面のことも想定して、今までと同じくらいの準備はしておいた。
「きをつけてね」
「おう、ちゃんと魔法の訓練しとけよ」
「うん、がんばる」
二歳の子供に言うことではないが、本人も納得して気合を入れているので、あながち間違った返答ではないのかもしれない。アルベルトが拳を突き出すと、ユーリが目をぱちぱちと瞬かせてから、小さな拳を作って、こつんとそれにぶつけた。
それを見たモンタナが、同じように拳を作ると、ユーリはまたこつんと拳をぶつける。
ユーリがコリンの前に移動したのを見て、コリンも、そしてイーストンとハルカもそれに続いた。
「いってらっしゃい」
「はい、では行ってきます。師匠、レジーナさん、ここをよろしくお願いします」
「はい、任せてくださいねぇ」
「……おう」
障壁の籠を準備し、空に浮かび上がろうとしたとき、後ろの方で地面に伏せていたナギが歩いてきて、ハルカ達に向けて首を伸ばす。
「うん、ナギもいい子にしてるんですよ」
そう言ってハルカが鼻の先を撫でると、ナギは低い唸るような声で「がう」と返事をした。ハルカ達以外が聞けば、何か怒らせたかと思わせるような鳴き声だが、小さな頃から見ていればわかる。ただ甘えてるだけの鳴き声だ。
ナギが生まれてもう九か月。人を丸呑みできるほどの大きさになっても、ハルカ達にとっては可愛らしい仲間だった。
モンタナの頭の上に乗ったトーチが、ぽっと空に小さな火球を吐くと、ナギが真似して空に向けて大きな火の玉を吐き出す。
〈忘れ人の墓場〉で作業していた人たちが驚き、一斉にハルカ達の方を向くなか、ハルカはゆっくりと全員が乗り込んだ籠を空に浮かばせた。
今回はハルカも籠の中だ。いちいち一人だけ離れたところを飛ぶ必要がないことに気付いたのだ。一人で飛ぶと、距離が離れて声が届きにくく、ちょっと寂しい。メリットはちょっとカッコよくてワクワクするくらいだった。
籠の中で地図を広げる。地図にはいくつかの村や町が追加で書き込まれて、より正確なものになってきている。冒険者の地図は使い込まれた物ほど価値が高い。どこにどんな薬草が生えてるとか、危険な動物や魔物が出やすいとか、そんな情報は現場を歩いたものにしかわからないからだ。
改めてどこに立ち寄るかの確認をしてもらい、ハルカはそれを聞きながら進行方向を眺めた。この世界には人間が空を飛ぶ技術はないが、空を飛ぶ生き物はいる。接触してそれらを傷つけるのは本意ではなかった。
数日かけて【独立商業都市国家プレイヌ】を横断する。
空の移動は快適だが、どうも旅をしているという感覚がない。端的に面白みがないともいえる。メリットは素早く安全に移動できるということだろうか。
途中ですれ違った竜便の人が驚いて危うく竜から落ちかけたこともあったし、地面を歩く人はみな口をあんぐりと開けてこちらを見上げている。きっと日が経てば各地で噂になってしまうだろう。
地表から見れば黒い四角が頭上をすごい速さで飛んでいるのだ。気にならないはずがない。
冒険者として活動する以上、必要に駆られない限りはこの移動方法は控えたほうがよさそうだなと、ハルカは思う。でないと地図情報の更新ができないし、新たな出会いもなくなってしまう。
どうも物足りないのだ。
仕事として冒険者をやるか、冒険者として冒険をするかの違いもあるのかもしれない。少なくとも、ワクワクや新しい出会いを求めるのであれば、歩いたほうがいい。これが仲間と話し合っての共通見解だった。
やがて山を越えて神聖国レジオンに入る。
レジオンの国内は、空から見ても良く整っており、大きな道に沿って広大な畑や村々が広がっている。街ごとに仕切られる高い壁もなく、神殿騎士があちらこちらを巡回しているのが見える。戦いの心配をしないでいいというのが、この国の発展に寄与していることは間違いないだろう。
そんな風に呑気に見学をしながら飛行していると、夕方頃になってにわかに地上が騒がしくなり始めた。ハルカ達と並行して、たくさんの騎士が馬に乗って駆けているのだ。
「なんだろ、たくさん集まってるー」
「です。なんか険しい顔して、焦ってる感じです」
「なんかあったんじゃねぇの? 下りて聞いてみようぜ」
「……これさ、いや、どうかな」
「えーっと、じゃあ降りてみましょうか」
イーストンが何か言い淀んだのが気になったが、ハルカはゆっくりと高度を下げて、騎士達から少しずれた場所を飛び、声をかけようと外を覗く。
すると、騎士たちの一部が馬上で一斉に矢を構えて、ハルカ達の方を向いていた。
「ああ、これやっぱり、何かあったんじゃなくて、僕たちがその何かだね」
「おいおい、これどうすんだよ」
「どうするって言っても、争うわけにはいかないでしょう! あの、すみません! 怪しいものではないです、ただの冒険者です!」
「ならば一度止まれ! そのままでは確認もとれぬ!」
「あ、はい、止まります止まります」
ハルカは言われた通りにゆっくりと減速して障壁の動きを止める。念のため周囲には透明な障壁を張り巡らせたまま、急に止まれずに少し先まで行ってしまった騎士たちが戻ってくるのを待つことにした。